平成16年2月28日
筆:HP管理人 萩野谷敏明

押田鑑定人への被告側反対尋問(平成16年2月13日)

前回の原告側による鑑定人尋問に引き続き、今回は被告監察医・県側からの反対尋問が行われた。筆者のメモから主なものを「まとめ」の形で記述する。(なお、内容は正確を期していますが、あくまで概要かつ暫定的なものであり、正確な論述は反訳書が出来上がってからとします。あらかじめご了承下さい。)

1. 伊藤監察医代理人・斎藤榮弁護士の質問

    Q1.中間報告書ですが、こういう形で提出せよと裁判所から言われましたか。裁判所と貴方のFAX交信記録からしても、裁判所が貴方に中間報告書を出すように言ったわけではないのですよ。
    A1.中間報告書は裁判所との話しの中で出ていることです。まだやらねばならないことがあって、それをどの程度やるか、また、今は最終的なものではないが、これぐらいは言えるだろう、ということで裁判所と話しをしています。
    Q2.中間報告書で、どういう鑑定をやると認識していましたか。
    A2.裁判所との文書のやり取りの中で出ているから、それで確認して欲しい。うろ覚えでは答えたくありません。
    Q3.中間報告書がマスコミに流れ、伊藤医師は大変に被害を受けているのですよ。
    A3.それは自分の知ったことでは、ございません。
    Q4.平成10年に「伊藤順通」と名指しして批判論文を書いていますね。この時、伊藤医師に意見を求めましたか。また、伊藤医師をどう思いますか。
    A4.私は伊藤医師に意見を求めたことはないし、その必要もない。また、私は伊藤医師と会ったことはありません。
    Q5.正式報告書で「ブロックNo.2」とされているものが、中間報告書ではなぜ「ブロックa」「ブロックb」というふうに、異なる鑑定資料とされているのですか。
    A5.異なる時期にやっているから、ラベルが変わっているのです。(註:中間報告では「ブロックNo.2」から薄片「ブロックa」を切り出してHLA DQαテストを行い、同じく薄片「ブロックb」を切り出してPMテストを行っているので、それぞれ別々のラベル名が付いている。これに対し、正式鑑定書では、「ブロックNo.2」という単一名称のもとに2枚の薄片を切り出して、HLA DQαテストもPMテストも行っているとの意味。)
    Q6.DNAを含むゲルを凍結ではなくて加温をしていますね。そうしたら型判定が可能になったと。これがどうして「改良」なのですか。
    A6.さあ、分かりません。経験則によるものですから。
    Q7.正式鑑定書の添付写真で、Sの発色は、どうしても見えないのですよ。
    A7.写真はあくまで参考であって、発色は肉眼で判定するものです。試験紙は使った瞬間から退色が始まるのですから、肉眼で判定した時にSより遥かに薄いものは型としない。それくらいのことは、DNA鑑定では常識のことです。
    Q8.私には、鑑定結果が曖昧模糊として、わかりません。
    A8.否、クリアだと思いますよ。

2.県代理人・池田直樹弁護士の質問

    Q9.平成9年7月に久保氏が亡くなられてから、実際に鑑定が行われるまでに3年半の時間が経っています。そうすると目的物の保存状態が問題になりますね。
    A9.そうです。
    Q10.そのまま放置すると、腐敗するんじゃないですか。
    A10.一概には言えません。ミイラになることもあります。
    Q11.ホルマリン固定はDNAの破壊防止になりますか。
    A11.ホルマリン固定がDNA鑑定に適していないことは、今回の例でも明らかです。だからこそ希釈率や固定期間、ブロック切り出しの時期について情報を求めているのに、いっこう出てこない。日大に保存してある平成9年の臓器を使い、ホルマリン固定のものでも3ヶ月でやれると確認して受けたのに、鑑定は予想外に難航しました。
    Q12.ポリ袋入りの臓器の保存状況からみて、DNA鑑定ができると思いましたか。
    A12.びっくり仰天しました。病理標本を作るやり方としても最低です。
    Q13.検査に使用した検出紙や、写真のネガフィルムを裁判所に提出するよう求めていますが、出しては貰えないのですか。
    A13.貴方は県の代理人ですよね。書面でも回答していますが、神奈川県が今後、同一の見解であるというのなら、その時点で考えます。この法廷にのみ提出を求めているというなら、その必要はないと思います。それから検出紙ですけれども、もうとっくに退色しています。そんなもの出して何の意味があるのですか。
    土屋裁判長:できるだけ、出せる範囲で出せませんか。
    押田鑑定人:刑事裁判が進行中と聞いています。検察官が私のところに連絡をしてきました。鑑定人の自分の判断として(鑑定書以上のものを)出す必要はないと思います。(註:刑事訴訟法47条で「訴訟に関する書類を公判開廷前に公にしてはならない」と定めていることをさす。)

3.県代理人・金子泰輔代理人の質問

    Q14.他人のブロックが紛れ込んでいる可能性を、鑑定人は何かで聞いたことはありますよね。その可能性を知りながら、何で全部を鑑定しなかったのですか。
    A14.だから「対照」と書かれている(他人の)ものは、やりませんでした。それ以外に、どれが他人のものかは今も聞いていません。裁判所からは全部が同一人のものだという前提で、臓器とブロック片を受け取っています。試薬は非常に高価なので、DNAが出やすい心臓と肝臓だけやれば十分で、それ以外に更にやる必要はないのです。だいたい、医師なら臓器標本は宝物のように扱うのであって、他人のものが紛れ込むなんて、おかしいのですよ。
    Q15.死因の調査をしていませんね。「鑑定事項」には「その死体の死因は何であると考えられるか」と書いてあります。貴方は「鑑定事項」を遂行していない。なぜですか。
    A15.臓器が久保さんのものなら、久保さんの死因が心筋梗塞なのか、その他の原因によるものか確認をしましたよ。他人のもので意味がないから、やめたのです。

4.裁判官からの質問

    Q16.先ほど、全ての臓器については鑑定をしていないという発言でした。心臓の写真には1?5まで符号がありますが、これらの鑑定はしたのですか。
    A16.1と3はやっていません。
    Q17.なぜですか。
    A17.同じ心臓から切り出したものですから、やる必要がないのです。

 鑑定人尋問はこれで終わりとなる。今後の裁判の進め方としては、次回5月14日午後1時より斎藤清巡査部長への本人尋問が行われることが決定された。更に伊藤監察医側が独自に「再鑑定」を行うかどうかの問いがなされ、監察医側斎藤弁護士は「考えていません」と答えている。
 

解 説:
 DNA鑑定の基礎知識がないと、押田教授の回答は分かりにくいかも知れない。最後の「なぜ全部をやらなかったか」という裁判官の問いに対する回答のくだりは、その典型といえるだろう。
 同一人の細胞であれば、あるローカス(遺伝子座)におけるアリール(対立遺伝子)は、同じものになる。これは神経細胞であっても、脳細胞であっても、心臓・肝臓・腎臓などの内臓器官であっても、 血液であっても、皆同じことである。
 例えば、D5S818というローカスで、アリールが10/11という結果が出れば、 その人の細胞の全てについて、D5S818で10/11と判定される。D5S818は犯罪捜査に使うローカスなので、 例えば強姦殺人事件の被害者女性から検出された精液を鑑定して、D5S818が10/11と出たとすれば、 犯人の口腔粘膜から採取した細胞のD5S818は10/11でなければならない。もしも8/10と出れば、彼は犯人ではないことになる。 なぜなら、アリールは父母から一つずつ貰うものなので、前者は10と11を父母から受け継ぎ、後者は8と10を受け継いでいる。つまり、親が違うということになるからである。
 実際の犯罪捜査では、遺体が土中に埋められて腐敗が進んでいたり、火事による焼死体を装っていたりするので、充分に細胞を得られる部位と、そうでない部位がある。 上記の場合、臓器がホルマリン漬けにされているので、DNAが得られる部位と、そうでない部位があったということだろう。 つまり、心臓の1と3は、実験をしてみたら、DNAが出なかった、鑑定資料として適さなかったということである。
 中間報告書は、筆者自身も当時の裁判長の言葉として「正式のものはまだ出ないが、中間報告なら出せるというので、そうして下さいと言いました」という内容のことを傍聴席で聞いた覚えがある。監察医側代理人の尋問は、まるで「中間報告を出したことはよくない」というふうに聞こえるが、裁判所と押田鑑定人との間に、中間報告書提出の話し合いがあったことは確実で、裁判所が当時の記録をたどれば問題がないはずである。
 ブロックについてSTR検査を実施したが判定できなかったということは、鑑定資料の保存状態もさることながら、経過年数も問題になるはずである。 押田教授が試みたSTRローカスvWA,TH01, TPOX, D5S818, D3S1358は、FBIが犯罪捜査に使う13ローカスのうちの5つである。米国の文献に徴すれば、警察の証拠保管室の奥に眠っていた経過年数12年程度の細胞から鑑定に成功している例も珍しくない。 今回はホルマリン漬けの臓器・ブロック片であるから、そのことが影響して鑑定不能になった可能性は残っているが、久保氏の死後3年半にして行われたSTR検査が成功しないということは、劣悪な保存状態のほかに、極めて長期の年月を経た鑑定資料であった可能性も疑う余地がある。
 県代理人・金子泰輔弁護士の質問は、極めて奇怪なものだ。
 まず、「他人のブロック紛れ込んでいる可能性があるのに、なぜ全部を鑑定しなかったか」について、これを換言すれば、「心臓と肝臓が久保氏のものでないとしても、残りのなかに久保氏のものがあるだろう」ということになる。 肺臓のブロックは提出されていないから、残りとは、すなわち腎臓と膵臓、脾臓しかない(下記鑑定付与番号を参照)。
 

鑑定付与番号 プレパラート標本 ブロック標本
No.1 心臓 同左
No.2 心臓 同左
No.3 心臓 同左
No.4 心臓 同左
No.5 心臓 同左
No.6 心臓 同左
No.7 心臓 同左
No.8 心臓 同左
No.9 心臓 同左
No.10 肝臓 同左
No.11 心臓 同左
No.12 心臓 同左
No.13 肺臓 不提出
No.14 肺臓 不提出
No.15 腎臓 同左
No.16 心臓 同左
No.17 膵臓(すいぞう) 同左
No.18 心臓 同左)
No.19 脾臓(ひぞう) 同左
対照a 心臓 (なし)
対照b 心臓 (なし)
その他 非該当(肝臓)
鑑定付与番号 提出臓器
No.1 心臓
No.2 心臓
No.3 心臓
No.4 心臓
No.5 心臓
No.6 心臓
No.7
No.8
No.9
No.10
No.11
No.12
No.13
No.14
No.15
No.16
No.17
No.18 肝臓
No.19
No.20
No.21
No.22

筆者は医師ではないから、どれが腎臓・膵臓・脾臓かは判然としないが、DNA鑑定書の説明に従って写真12と写真13の臓器写真から心臓と肝臓を除くと、下図のようになってしまう。 主要な鑑定物を除いた、これっぽっちのなかに、亡久保幹郎氏のものと称する臓器片が混ざっているのか?

 そもそも、伊藤医師が東京地裁で「心臓は今も保管しています」と発言したことから、DNA鑑定はスタートしている。提出臓器のうち、心臓が久保氏のものでなければ、まことの久保氏の心臓は、今、いったいどこにあるのか?
 ブロック片のうち、「対照」と書かれたものだけは、被告側斎藤弁護士によって「他人の標本である」という書面が出されている。しかし、それ以外の臓器・ブロック片について、どれが久保氏のもので、どれが久保氏のものではないのか、これまで特定されていない。
 もともと裁判所には、全て久保氏の臓器・ブロック片として提出されているのだ。いまさら、県警と監察医は「心臓と肝臓は久保氏のものではなかったが、腎臓と膵臓と脾臓は久保氏のもの。裁判所に提出していない肺臓のブロックも久保氏のものだ」とでも言うつもりなのだろうか。
 今後、何の根拠をもって「他人の臓器・ブロック標本が紛れ込んだ可能性」を言うのか、被告側は追求されることになるだろう。
 「その死体の死因の調査をしていない」件は、ほとんど噴飯ものに近い。
 裁判の焦点のひとつは、久保氏の死因は何かということである。久保氏について司法解剖が行われていてこそ、残された心臓その他の臓器から、死因を特定できる手がかりが得られるのである。原告は、鑑定事項として、第一義的に提出臓器は久保氏のものかどうかの鑑定を求め、第二義的に、もしも久保氏のものとされれば、その死因は心筋梗塞なのか、それとも別の原因によるものかの鑑定を求めた。言葉尻を捕らえて、誰のものか分からない他人の臓器でも、その死因を特定せよというのは無意味である。久保氏ではない人の死因を特定して、いったい、どうするのか。
 もういいかげん、屁理屈や因縁の類をつけて裁判を長引かせるは、やめてもらいたいと思う次第である。


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