デタラメ司法解剖を認定した横浜地裁の「愚」
(FRIDAY 2006年5月26日記事)

(注)以下の記事は、著者・柳原三佳氏のご好意により、当HPに掲載させて戴くものです。


    「死んじまったもんはしょうがねえじゃねえかー」。夫の死の真相を追究する妻に、当時の保土ヶ谷警察署長は言い放ったという。あれから9年、神奈川県警と監察医の不正を訴える裁判の判決が言い渡された。それは、「司法解剖」の定義をも揺るがす、極めて理不尽な判断だった。

 警察は事故を起こして車内に倒れていた被害者を放置死させ、その失態を隠すため、監察医と共謀して司法解剖を捏造し、虚偽の死体検案書を作成した −。
 こんな信じがたい争点″を巡り、00年、神奈川県や監察医に対し、遺族は約1億6000万円の損害賠償を求め、提訴。この「保土ヶ谷事件」の判決が、4月25日、土屋文昭裁判長によって下された。
「警察官が救護していれば延命できた可能性がある」
 結果、救護義務を怠った警察の責任が認められ、神奈川県に慰謝料など合計約550万円の支払いを命じた。
一見すると、警察の不祥事が認められた画期的な判決にも見える。だが、監察医への賠償請求については、「司法解剖は行われたと認められる」として棄却。また警察官に対しても、「仮に救護措置を尽くしたとしても救命できたとはいえない」などとして、放置と死亡との因果関係が否定され、遺族の請求は退けられたのだ。
 被害者の妻で、原告である久保佐紀子さん(61)は、怒りで声を震わせた。
「裁判所が自ら依頼した科学的なDNA鑑定の結果、監察医から提出された臓器は他人のものだという結果まで出たのに、それをすべて信用できないと切り捨て、ここまで支離滅裂な判決を下されるとは……。司法に対しては、不信感の塊です」
 04年、本誌(12月24日号)が「神奈川県警が『交通事故→放置死』を『病死』にねじ曲げた』と報じたこの事件。発生は、いまから9年前、97年7月のことだった。
 18日の夕方、愛車のジープで出かけたまま自宅に戻らなかった久保幹郎さん(当時54)は、翌日午前日時頃、車の中で倒れているところを発見された。久保さんはすぐに病院に運ばれたが、すでに死亡していた。警察は″司法解剖″の結果、死因は「心筋梗塞」(病死)と判断したのだ。
 ところがその後、佐紀子さんに情報が寄せられる。幹郎さんのジープは、前夜の0時頃、交差点の右折車線上でハザードランプをつけて停止しており、通行人が110番通報。保土ヶ谷署員2名が現場に駆けつけていたというのだ。運転席側のフロントガラスはくもの巣状にひび割れ、ジープ前部にも衝突痕があった。しかし、なぜか警察は交通事故を疑わず、久保さんを病院に運ぼうとはしなかった。
 神奈川県警監察官室は、後に「車内から酒のような臭いがしたので、酔って寝ていると思い、自力で自宅へ戻れると判断した」と発表。が、原告側からはこんな指摘もなされている。
「事故で頭を強打し、車内で吐いて倒れていた夫は、酔っ払いと間違われ、一度は保土ヶ谷署に連行された可能性が濃厚です。事実、翌日病院に運ばれたときは免許不携帯で身元不明扱いでしたが、その後、警察から免許証を返されたんです。免許証だけ保土ヶ谷署に移動するなんて有り得ません。署内で死亡してしまったため、第三者に発見されるように遺体を現場に戻した可能性があるんです」
 となれば、放置死の隠蔽である。そして、「行われた」と認定された司法解剖についても、疑義は深まるばかりである。
 ジープのフロントガラスを見ると、久保さんがなんらかの事故に巻き込まれ、そこに頭を打ち付けた可能性が十分考えられる。ところが、本件の解剖に当たったとされる監察医・伊藤順通氏が、今回の司法解剖″で残した写真は心臓単体の3枚のみ。解剖中の写真は一枚もなく、その上、頭部の解剖はしていないというのだ。頭の解剖をせず、「脳内出血」の可能性が否定できるのか。この点については、土屋裁判長も判決の中で、
「一般に行政解剖又は司法解剖を行う際には、原則として、頭腔、胸腔及び腹腔を解剖し、写真化・記録化に努めるべきであって、司法解剖の場合は犯罪捜査に関連してより詳細な解剖を行うものとされており、本件解剖は、司法解剖として異例なものであったといわざるを得ない」
「本件解剖は、本来詳細に行うことが要求される司法解剖として、不適切なものであったといわざるを得ない」
とまで言及。にもかかわらず、
「これらは解剖が行われたこと自体と矛盾する事実ではないところ、前記の諸事情に照らせば、いまだ解剖は行われたとの前記認定を覆すに足りない」
 と、裁判官は、頭を開かず、解剖中の写真が一枚もないようなデタラメな解剖を、「司 法解剖」として認めてしまったのだ。
 この伊藤医師は、04年、別の遺族からも「薬の副作用も考えられたのに、十分な根拠なく自殺と判断された」として賠償請求を起こされたことがある。また、某大学の法医学教室がまとめた「理解し難い司法解剖2例」という論文の中でも、
「司法解剖の立会い報告書や鑑定書がない特異な事例」として問題視されるなど、専門家からも疑問の声が上がっている。
 ちなみに、神奈川県の法医解剖率(司法解剖+行政解剖/変死体数)は28・94%と、全国でダントツの1位。だが、筆者の元に寄せられた警察官や葬儀社からの内部情報によると、この数字には実際には解剖していないのに「解剖した」ことになっているケースも含まれているため、神奈川が突出した数字になるのは、逆に怪しい″とも指摘される。
 今回の判決を受け、神奈川県警監察官室は、マスコミ各社に向けて、「判決は厳しく受け止め、亡くなられた方のこ冥福をお祈り申し上げる。発生時の対応に反省点もあり、本事案も踏まえつつ警察改革に取り組んでいる」一とコメントしているが、こんな判決で終止符を打っていいわけがない。佐紀子さんは5月8日、東京高裁に控訴した。
「警察と監察医は、自分たちの不祥事を隠すため、どこまでウソと捏造を繰り返すのでしょうか。そして、科学的根拠を無視した横浜地裁の支離滅裂な判決を、高裁がどう評価するのか……。私は最後まで見極めていこうと思っております」

(終)


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