司法解剖鑑定書(甲15号、乙A38号証)

(注:従来、頁毎のJPEG画像でしたが、読み易くするよう、全文HTMLにしました。「司法解剖鑑定書」は、原告が刑事告訴の過程で地検から借り出し、甲15号として裁判所に提出したものを、後日、県警側から乙A38として再提出されたため、号数が2つになっています。)

【解 説】

伊藤医師が作成した「司法解剖鑑定書」の全文。事件から2年半を経た平成12年1月31日、伊藤医師が横浜地検に提出したもの。この司法解剖鑑定書について、注目すべき点は次のとおり。

鑑定書は、非常に詳細である(ゆっくり読めば1時間くらいかかる)。

伊藤医師は東京地裁で「テープは取りません。昔は取りましたが、テープを聞いて記録を作り直すというよりも、頭の中に記憶しておいて直後に書いたほうがはっきりしています」と述べた(平成12年7月10日)。

解剖に立ち会ったという斉藤巡査部長、井上巡査部長は、証人尋問の際、伊藤医師がメモを作成しているところを見ていないと述べた。(井上証言は平成16年5月14日、斉藤証言は平成16年9月10日)

その後、平成16年12月17日、伊藤医師は証人尋問の際、解剖中、2~3足はめておいた手袋を、その都度外し、タオルで拭い、メモを取ったと証言した。

関連ページ
「解剖の記録・メモ」

  • この点について、不適切ながら司法解剖があったとする地裁判決も、次のように書いている。
    「上記鑑定書は,各臓器の重さや大きさの測量結果に至るまで事細かに記載した非常に詳細なものであり,これらすべてを記憶して再現し作成することはやや困難であると認められる。 この点,伊藤は,本人尋問において,本件解剖中に自ら臓器の計測を行い,手袋についた血をぬぐったり手袋を取り替えたりしながらメモをとった旨供述し,伊藤の陳述書(乙B14 )にもこれに沿った記載部分がある。しかしながら,斎藤及び井上は,伊藤が解剖中に臓器の計測を行ったりメモをとったりするところは見ていない上(証人井上,被告斎藤本人),伊藤の供述するようなメモの取り方をしながら,わずか1 時間程度の間にこれほど詳細な解剖を行うことができたかも疑問であって,伊藤が解剖に熟達していたことを考慮しても,上記鑑定書に記載されたとおりの詳細綿密な解剖行為があったとみることはできない。 (判決文P46~47)」
  • 地検DNA鑑定を前提とした横浜検察審査会の議決文(平成16年7月)は、次のように述べている。
    「鑑定書には、東京医科大学の医師に病理組織の検査を依頼した際の検査結果(注:第四節「病理組織学的検査記録」)も含まれているが、このときの検査対象となった臓器は、検査を行った同大学の医師が、検察庁の行った捜査で女性のものと鑑定された臓器と同一のものと証言している。このことから考えれば、鑑定書の内容には、明らかに正確でない部分が含まれているといえる。」
その他:
  1. 体重の記載がない。

  2. 頭部外傷が死因の可能性がある事例において、頭を開かずに頭蓋内病変を否定するのは信じがたいことである。

  3. 鑑定書には頭皮、顔面、頚部とも「蒼白」と書かれているが、病院で撮影された亡幹郎の写真は、一目見ただけで、うっ血が顕著であり、死斑も強く、皮膚の色が蒼白とは判断し得ない。 (注:人は血液ポンプである心臓が止まると、 血が重力の法則に従って体の低い位置に溜まり、赤紫色の死斑となって体表に現れる。久保幹郎氏は死亡から約8時間後、頭部が助手席の足元付近にもぐりこんでいるような形で発見されたので、頭部全体が真っ赤であった。)

  4. 心筋梗塞の状況は、急性期というよりも、慢性期の症状を呈している。

  5. 17番では「左右冠状動脈はともに硬化が認められ、特に左冠状動脈前下行枝、回旋枝に硬化著しく、回旋枝の一部は閉塞状を呈する。」とあるのに、36番では「左冠状動脈は高度の動脈硬化性変化で約七〇%閉塞を来たしているものと認められるが血栓形成はない。右冠状動脈は高度の動脈硬化性変化の他、コレステリン結晶を伴う新鮮な血栓で完全に閉塞する。」と、閉塞している冠状動脈の記載が左右反対になっている。
などが法医学者により指摘されている。

なお、この「司法解剖鑑定書」では、血球凝集反応による血液型検査と、血中アルコール検査を行っている。 本当に解剖があり、これらの検査を行ったのであれば、なぜ保土ヶ谷署長は後日、科捜研に全く同じ検査を依頼しているのか、筆者には解せない。

関連ページ
甲12の3及び甲13「科捜研による血液型・血中アルコール検査」

  平成18年6月30日・HP管理人 萩野谷敏明
平成18年9月13日、科捜研検査記録掲載により加筆


鑑 定 書

第一章  緒  言

 平成九年七月一九日神奈川県保土ヶ谷警察署長は被疑者不詳に対する殺人被疑事件に つき横浜地方裁判所、裁判官高野芳久判事の鑑定処分許可状に基づき被害者久保幹郎当五四歳の死体を検査解剖の上左記事項について鑑定することを私に嘱託した。

鑑  定  事  項

右検査は同日午後七時四〇分、横浜市中区蓬莱町(番地略)、横浜犯罪科学研究所解剖室において鑑定人執刀のもとに検査解剖に着手し、同午後八時四〇分終了した。

第二章  検  査  記  録

第一節解剖検査記録
第一外表検査

一、一男性屍、身長一七〇糎、体格大、栄養中等である。全身皮色は一般に蒼白、死班は躯幹部背面、左右上下肢後面に暗赤色、びまん性、軽度に発現して指圧によって退色しない。死体硬直は全身関節ともに強度に存する。体温は触知しない。

二、頚部・頭皮は一般に蒼白であり、頭蓋軟部には特に損傷異常を認めない。

三、顔面・・蒼白で腫脹はなく、左右の眼裂は閉じ、眼瞼、眼球結膜は左右いずれも淡赤色で血盈は軽度、溢血点は認められない。角膜は軽度に混濁し、左右いずれも径六粍に散大した瞳孔を透見出来る。口裂も閉じ、口唇粘膜はチアノーゼを呈し、舌尖は上下歯列の後方に位置し、口腔内には特に異物、異液の介在はなく、歯牙には特に新鮮な折損、脱臼等の異常を認めない。鼻腔内には異物、異液はなく、左右外耳道内にも異物、異液の介在は認められない。顔面外表には特に損傷異常を認めない。

四、頚部・・一般に蒼白であり、頸部外表には索溝および扼痕等頚部圧迫の痕跡は認められず、頚椎部に骨折異常も触知しない。

五、胸腹部・・一般に蒼白で腹部はほぼ平坦である。胸腹部外表には特に損傷異常を認めず胸骨および左右肋骨には 骨折異常も触知しないが左下腹部外側に小さな圧迫痕が認められる。

六、背部・・前記第一項にて記載せる暗赤色、軽度の死班が存し、背部の右肩甲骨下部および腰部右側にいずれも小さな圧迫痕を認める他に後記損傷存する。[説明第四項(イ)・(1)損傷参照]

七、左右上肢・・左右上肢は一般に蒼白であり、左右の手指爪床はチアノーゼを呈するが左右上肢骨に骨折、脱臼は触知せず、左右上肢外表には特に損傷異常を認めないが左上腕末端外側に小さな圧迫痕が認められる。

八、左右下肢・・一般に蒼白であり、左右の足趾爪床はチアノーゼを呈する。左右下肢骨に骨折、 脱臼は触知せず、左大腿上部前外側に小さな圧迫痕が認められる。右下肢外表には後記損傷存する。 [説明第四項(ロ)・(2) – (3) 損傷参照]

九、外陰部・・黒色陰毛密生し、特に損傷異常は認められない。

一〇、肛門・・哆開せず、周辺には糞便による汚染を認めない。

第二内景検査
甲、頭腔開検

一一、頭部、顔面外表のどこにも損傷異常はなく、後頭窩穿刺により脳脊髄液は水様透明なるため頭腔開検は行わなかった。

乙、胸腹腔開検

一三、頚胸腹部正中を式の如く縦断開検するに皮下脂肪の沈着は中等、その厚さは腹部正中線上において約三.〇糎、黄色で発育は可良である。大網は諸腸の前面を被い、大網および腸管膜脂肪組織の沈着も中等である。リンパ節の腫脹はなく、腹腔内臓器に位置異常ない。腸管漿膜は淡赤色、滑沢、含気量はやや多く、腹膜も淡赤色、滑沢、腹腔内に異常貯液を認めない。横隔層の高さは乳線上で左第五肋間、右第五肋骨に位する。胸廓には特に損傷異常を認めない。

其の一 胸腔臓器

一四、胸腔を開検するに前縦隔の脂肪沈着は中等、左右胸膜に癒着はなく、左右胸腔内には異常貯液を認めない。

一五、胸腺・・大きさ小大部分が脂肪化退縮する。

一六、心嚢・・内に約一〇粍の淡黄色、透明液を容れ、内膜は淡赤色、滑沢である。損傷異常を認めない。

一七、心臓・・重量五五〇瓦、大きさ大、本屍手拳の一・五倍大で形常、心尖は左室より形成され、硬度は柔軟、心外膜の脂肪組織の発育はやや多く、冠状動脈の走行は蛇行し、左右冠状動脈はともに硬化が認められ、特に左冠状動脈前下行枝、回旋枝に硬化著しく、回旋枝の一部は閉塞状を呈する。心外膜下には溢血点はなく、左右心房、心室内には多量の暗赤色流動性血液および軟凝血を容れる。内腔は大きさ大、内膜は淡赤色、滑沢、肉柱、乳頭筋に灰白色線維化を認める。各弁膜装置は尋常で閉鎖性完全である。卵円孔、動脈管は閉鎖している。心筋は暗赤色で血量多く、ほぼ滑沢、左心室後壁心筋に灰白色線維化部および暗赤色出血部が混在する。心筋の厚さは左一・五糎、右〇・五糎である。 (写真一乃至三参照)損傷異常を認めない。  

一八、左肺臓・・重量三八〇瓦、二三.〇×一六.〇×四.五糎大、大きさ大、形常、表面暗赤紫色で滑沢、硬さ柔軟、捻髪音を触知する。肋膜下には溢血点なく、割面は暗赤色で血量、含気量多く、限局性病変は認められないが著しい水腫を認める。気管支内には灰白色の泡沫液を容れ、粘膜は淡赤色、ほぼ滑沢、血盈はない。損傷異常を認めない。

一九、右肺臓・・重量四〇〇瓦、二三.〇×一七.〇×五.〇糎大、大きさ大、表面、割面、気管支の諸性状は左肺の所見とほぼ同様である。

二〇、頚部器官・・頚部筋肉内には出血異常はなく舌は灰白色、舌根部リンパ装置の発育は中等である。左右扁桃腺は約小指頭大、断面はうっ血状である。咽頭部粘膜は淡赤色、血盈は軽度、滑沢、特に異液の介在はなく、溢血点も認められない。喉頭部粘膜も淡赤色、血盈軽度、滑沢、特に異液の介在はなく、溢血点も認められない。食道内は空虚、粘膜は淡赤色、血盈軽度、ほぼ滑沢である。気管内には異液はなく、粘膜は淡赤色で血盈軽度、滑沢である。舌骨ならびに喉頭部の諸軟骨に骨折異常は触知せず、頸部内景には損傷異常はない。

其の二腹腔臓器

二一、脾臓・・重量六〇瓦、七.〇×四.〇×二.五糎大、大きさ小、形常、被膜はやや皺襞状、滑沢、暗紫赤色で辺緑鋭利、硬度は柔軟である。割面は暗赤色で血量多く、脾材、瀘胞の別はほぼ明らかであり、組織粥は多い。捜傷異常を認めない。

二二、肝臓・・重量一八〇〇.〇瓦、二八.〇×一六.〇×八.〇糎大、大きさ大、表面暗赤褐色で滑沢、辺縁は鈍、硬度はやや柔軟である。割面も暗赤褐色で血量多く、小葉像はほぼ分明で問質の増生、胆汁の発現は認められないが脂肪沈着中等度である。胆嚢は大きさ中等、表面は帯緑黄色、黄緑色胆汁約10粍を容れ、粘膜は黄緑色に浸染され、やや混濁する。肝下面には特に異常を認めない。損傷異常を認めない。

二三、左腎臓・・重量一五〇瓦、一二.〇×六.〇×三.〇糎大、大きさ中等、形常、被膜剥離は容易である。表面は暗赤褐色、滑沢で星芒静脈像を認める。割面も表面と同色にして血量多く、皮質の厚さ常、皮髄質の境界は明らかである。腎門部脂肪織の沈着は中等、腎孟粘膜は淡赤色、血盈軽度、やや混濁する。尿管は尋常である。損傷異常を認めない。

二四、右腎臓・・重量一五〇瓦、一二.〇×六.〇×三.五糎大、大きさ中等、形常、表面、割面の諸性状は左腎の所見にほぼ等しい。損傷異常を認めない。

二五、膀胱・・内容は空虚、粘膜は蒼白色、血盈なく、ほぼ滑沢。出血、結石などの異常を認めない。損傷異常を認めない。

二六、膵臓・・大きさ中等、形常、表面は灰白色、硬さ柔軟、小葉像は明らかである。割面も表面の色と同様で分葉像も明らかで出血などの異常はない。損傷異常を認めない。

二七、胃・・大きさ中等、漿膜面は淡赤色、滑沢、胃壁は尋常であり、粘膜面は蒼白、ほぼ滑沢であり、出血、潰瘍などの異常を認めない。内容は空虚である。

二八、十二指腸・・漿膜面は淡赤色、滑沢、粘膜面は蒼白、ほぼ滑沢、内容は空虚である。出血、潰瘍等の異常を認めない。

二九、小腸・・空腸、回腸共に漿膜面は淡赤色、滑沢、含気量多く、粘膜面は蒼白色、やや混濁するが出血等の異常を認めない。

三〇、大腸・・漿膜面は淡赤色、滑沢、含気量多く、粘膜面は蒼白、やや混濁するが出血等の異常を認めない。

三一、生殖器・・精巣の大きさ中等、精細管の分離は容易で特に異常を認めない。

三二、内分泌腺・・副腎、甲状腺の大きさいずれも中等、形常、特に異常を認めない。

三三、大動脈・・内膜に淡黄色の脂斑散在するがほぼ滑沢、末梢部に軽度の硬化を認めるがなお弾力性を有し、その幅はいずれも尋常である。損傷異常を認めない。

第二節  血液型検査記録

三四、解剖時採取した本屍の血液について血球凝集反応により血液型検査を行なったところ、その成績はA B O式ではA B型であった

第三節 血中アルコール定量検査記録

三五、解剖時採取した本屍の血液に ついてガスクロマトグラフィー直接法により血中エタノール定量検査を行ったところその成績は本屍の血液中にはエタノールの含有を認めなかった。

第四節 病理組織学的検査記録

三六、心臓は左心室および心室中隔の肉眼で巣状・に灰白色を呈する部分を中心に数ヶ所を連続的に切り出し、ヘマトキシリン染色、アザンマロリー染色、鉄反応染色、P T A H染色等をして顕微鏡検索をした結果は新旧混在性の心筋梗塞像が認められ、肉眼的に灰白色を呈する旧い梗塞巣は既に完全瘢痕化し、面積的には限局性と推定される。 一方、新しい病巣は左右両室に及ぶ広範囲に認められ、肉芽組織形成から心筋細胞の完全な壊死、好中球反応、心筋細胞の核消失、胞体の好酸化、硝子化、浮腫などの所見が混在する。   また肉芽組織を形成する部分の血管内には.器質化血栓が認められる。左冠状動脈は高度の動脈硬化性変化で約七〇%閉塞を来たしているものと認められるが血栓形成はない。右冠状動脈は高度の動脈硬化性変化の他、コレステリン結晶を伴う新鮮な血栓で完全に閉塞する。
 肺臓は拡張著しい血管、高度のうっ血、新鮮な出血および水腫等が認められ、一部の肺胞壁の線維性肥厚、多数の肺胞マクロファージがみられる。気管支壁には.平滑筋の増殖があり、上皮には杯細胞の増加に伴う過形成変化が認められる。
 肝臓は中等度の微細顆粒状脂肪変性を認める他はうっ血性変化のみである。
 脾臓および腎臓はうっ血性変化のみが認められる。また膵臓は死後変化による自家融解所見が認められる。

第三章  説 明
一、死因
本屍の直接死因について考察するに本屍の検案所見において外表の損傷はいずれも軽微な腰部右側の擦過傷および右膝蓋骨部、右下腿上部の表皮剥脱等のみであり、頭部、顔面外表にはなんら損傷異常はなく、後頭窩穿刺によって脳脊髄液は水様透明であるところから外傷による髄膜損傷、脳挫傷等頭蓋内損傷、また特発性脳出血等器質的疾患は全く否定され、胸腹部解剖所見においても胸腹腔内臓に急死を来たすと考察されるような外傷性損傷異常は全く認められず、極めて重篤である急死を来たすと考察される器質的疾患(疾病異常)、つまり心肥大拡張を伴った心筋梗塞所見を認めたとこから直接死因は心筋梗塞である。この心筋梗塞は前記第三六項において病理組織学的所見を記載した如く新旧混在した梗塞巣が認められ、潜在性に、然も極めて慢性に経過した冠状動脈硬化に加えて臨床的に高血圧症が存在し、長期にわたる心機能不全状態にあった心臓に死亡前なんらかの誘因(間接的原因)が加わり左右広範囲に及ぶ急性心筋梗塞が起こり死亡したものと推定される。
二、自他殺の別
本屍の死亡種類について考察するに本屍の直接死因は心筋梗塞であり、頭蓋内および胸腹腔臓器に外傷性損傷異常が認められなかったところから死亡の種類は急性内因死の範疇に属する病死である。
三、死後経過時間
死体の死後変化は種々なる条件によって左右されるので死後経過は死体の検案、剖検所見のみからこれを明言することは困難であるが、本体温は触知せず、躯幹部背面、左右上下肢後面に発現している軽度の死斑が指圧によって退色せず、死体硬直が全身関節に強度に発現し、また内蔵諸臓器の死後変化が軽度等から本屍の置かれた環境および当時の気温を考慮に入れて本屍は死後解剖着手時 (平成九年七月一九日午後七時四〇分現在)までに大凡そ一七時間位を経過しているものと推測される。
四、創傷の部位、形状および程度
    (イ)細腰部外表に存する損傷
    (1)腰部の右側に長さ一一.〇糎、幅二.〇糎の淡褐色、ほぼ帯状を呈する擦過傷。
    (ロ)右下肢外表に存する損傷
    (2)右膝蓋骨部に大きさ一.〇×〇.七糎大の淡褐色、不整形を呈する表皮剥脱。
    (3)右下腿上部外側に大きさ一.〇×〇.五糎の不整形を呈する表皮剥脱。
以上の損傷はいずれも極めて軽微なる損傷であり、擦過傷ならびに表皮剥脱部に相当する皮下組織、筋肉内には出血異常はなく、本屍の直接死因にはなんら影響を及ぼさないものである。
五、凶器の種類およびその用法
一般に死体の検案、剖検所見のみから凶器の種類およびその用法について明言することは困難であり、然も本屍の外表に認められた腰部右側の擦過傷および右膝蓋骨部、右下腿上部外側の表皮剥脱等は極めて軽微にしてなんら特徴ある痕跡をとどめていないのでなお困難であるがその種類および用法について考察するに本屍の直接死因は死因の項において記載した通り心筋梗塞であり、心不全を来たした際の体位移動によって生じたものと推定される。
六、本屍の解剖時採取した血液について血球凝集反応による血液型検査を行ったところその成績はABO式でAB型であった。
七、血中アルコール濃度
本屍の解剖時採取した血液についてガスクロマトグラフィー直接法による血中アルコール濃度定量検査を行ったところその成績は本屍の血液中にはエタノール含有を認めなかった。
その他参考事項
本屍の左下腹部、背部右側、左大腿末端外側部、左大腿上部前面等の圧迫痕はいずれも生活反応はなく、本屍死亡後長時間にわたって同じ体位で平坦ではなく、若干突出部のある場所に放置されたため惹起したものと推定される。

第四章  鑑  定  主  文

 前記説明の理由により次の如く鑑定する。

一、死因
本屍の直接死因は心筋梗塞である。
二、自他殺の別
本屍の死亡種類は病死である。
三、死後経過時間
本屍は死後解剖着手時 (平成九年七月一九日午後七時四〇分現在)までに大凡そ一七時間位を経過しているものと推測される。
四、創傷の部位、形状および程度
本屍外表に認められた損傷は腰部右側に一一.〇×二.〇糎大の擦過傷および右膝蓋骨部に一.〇×〇.七糎大、右下腿上部外側に一.〇×〇.五糎大、表皮剥脱等であり、いずれも軽微なるものである。
五、凶器の種類およびその用法
本屍の直接死因は心筋梗塞であり、前項に記載した軽微な損傷はいずれも心不全発作時に体位の移動によって生じたものの如く推定される。
六、死体の血液型
本屍の血液型はAB型であった。
七、血中アルコール濃度
本屍の血液中にはエタノールの含有を認めなかった。
八、その他参考事項
本屍の左下腹部、背部右側、右上腕末端部外側、左大腿上部前面等の圧迫痕は死後長時間にわたって突出部のある部位に同体位で放置されたためたものと推定される。

平成一二年一月三一日 

鑑定人、医学博士 伊藤順通 (印)

添付写真
写真1 式の如く左心室を開いた心臓全景を示す。
写真2 左心室心筋の灰白色繊維化巣を示す。
写真3 左心室心筋の灰白色繊維化巣を示す。
(注:添付写真について、管理人の手元にある鑑定書はコピーのため、カラー画像が付いていません。カラー画像をご覧になりたい方は 「解剖立会報告書」をご覧下さい。


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