DNA正式鑑定書全文
■表
■写真


鑑  定  書
平成13年4月6日、横浜地方裁判所第9民事部は、平成12年(ワ)第2704号、損害賠償請求事件(原告 久保佐紀子外、被告 神奈川県外)に関し、下記事項の鑑定を依頼した。

鑑 定 事 項
  1. 被告伊藤順通は、亡久保幹郎(1943年4月22日生)の心臓及び、同人のその他の臓器の組織片の標本を保存していると主張しているが、これらの臓器ないし標本と、原告久保幹彦(仮称)、久保幹之(仮称)、久保幹也(仮称)とのDNA鑑定その他の親子鑑定により、これらの臓器ないし標本は久保幹郎の死体の一部であると認められるか否か。

  2. 被告伊藤順通が保存する前記記載の心臓及び、その他の臓器の組織片から、その死体の死因は何であると考えられるか。

  3. その他、本件に関し参考となる事項一切。
鑑定試料として下記の標本などを受領し、さらに血液を採取した。

@平成13年4月6日、横浜地方裁判所民事第103号法廷において、プラスチック容器入り臓器とプレパラート染色標本67枚を受領した。

A平成13年8月31日、横浜地方裁判所においてブロック標本18個を受領した。

B平成14年2月22日、日本大学医学部法医学教室において、亡久保幹郎氏の妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏から採血した。

これらの試料について、日本大学医学部法医学教室で慎重に検討し、以下の鑑定書を作成した。

検査所見
1.平成13年4月6日、横浜地方裁判所第103法廷において受領したプラスチック容器入り臓器とプレパラート染色標本67枚。

1―1)プラスチック容器入り臓器は写真1〜5のようであり、心臓1個(一塊)、細片21個であった。プラスチック容器の大きさは、内径約17.0cm、高さ約13.8cmであり、液は臓器と共に深さ約5.6cm存在していた。細片21個の内訳としては、心臓5個、肺臓5個、肝臓3個、腎臓4個、脾臓2個、膵臓1個、その他1個であった。

1―2)プレパラート染色標本67枚は、写真6のようであり、これをその順序に並べると写真7・8のようになり、@東京医科大学第二病理とA東京医大第二病理学教室と印字された2種類のラベルが使用されていた。このプレパラート染色標本67枚のうちに対照と記載された染色標本も混在していた。 これらを染色法別に並べ代えると写真9のようになった。

 ヘマトキシリン・エオジン染色(Hematoxylin and Eosin、以下、HE染色とする)の番号1〜9、11では、いずれも、東京医科大学第二病理 と印刷されたラベルが使用され、1ではヨコハマ 心尖@ と書かれており、2ではヨコハマ 心尖A、3ではヨコハマ 心尖B、4ではヨコハマ 心尖C、5ではヨコハマ 真中D、6ではヨコハマ 真中6、7ではヨコハマ 真中7、8ではヨコハマ 真中G、9ではヨコハマ 右冠動脈、11ではヨコハマ 左冠動脈と手書きされていた。

 アザン染色の番号1・2、4〜9、11では、いずれも 東京医科大学第二病理 と印刷されたラベルが使用され、Azanと印字されており、1〜9ではヨコハマ@〜Hと手書きされており、11ではヨコハマIと手書きされていた。番号3では、Azanと印字されており、ヨコハマBと手書きされていた。

 PTAH(Phosphotungstic Acid Hematoxylin)染色の番号1・2、4〜9、11では、いずれも東京医科大学第二病理 と印刷されたラベルが使用され、PTAHと印字されており、1〜9ではヨコハマ@〜Hと手書きされており、11ではヨコハマIと手書きされていた。番号3ではPTAHと印字されており、ヨコハマBと手書きされていた。

 HE染色の番号10、12〜18では、いずれも、東京医大第二病理学教室と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルが使用され、伊藤先生と手書きされていた。

 アザン染色の番号10、12〜19では、いずれも、東京医大第二病理学教室と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルが使用され、Azanと手書きされていた。

 PTAH染色の番号12、16、18では、いずれも東京医大第二病理学教室と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルが使用され、いずれもPTAHと手書きされていた。

 鉄(Fe)染色の番号10、12〜19では、いずれも東京医大第二病理学教室と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルが使用され、Feと手書きされていた。

 HBFP(Hematokylin Basic Fuchsin Picric Acid)染色の番号12、16、18では、いずれも東京医大第二病理学教室と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルが使用され、HBFPと手書きされていた。

 番号19の 東京医大第二病理学教室 と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルに 鉄 Azan PTAH 伊藤先生 と手書きされた標本は、HE染色の誤りと判断された。

 対照aでは、東京医科大学第二病理と印刷されたラベルが使用され、対照と手書きされ、一枚にはAzanと印字されており、もう一枚にはPTAHと印字されていた。

 対照bでは、東京医大第二病理学教室 と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルが使用され、一枚では対照PTAHと手書きされ、もう一枚では対照HBFPと手書きされていた。

 プレパラート染色標本を鏡検すると、番号1〜9、11・12・16・18は心臓、番号10は肝臓、番号13・14は肺臓、番号15は腎臓、番号17は膵臓、番号19は脾臓であった。対照a・bは心臓であった。

1―3)プレパラート染色標本67枚には、このような特徴が見られ、総合的に判断すると、@東京医科大学第二病理 と印刷されたラベルが使用された群とA東京医大第二病理学教室と印刷されたラベルが使用された群との2群に大別され、HE染色やアザン染色の染色性によってもそのように判断された。 番号19の東京医大第二病理学教室と印刷され、その上に横線が3本引かれたラベルが使用され、鉄 Azan PTAH伊藤先生と手書きされた標本はHE染色の誤りと判断された。

2.平成13年8月31日、横浜地方裁判所において受領したブロック標本18個。

 ブロック標本18個を前述のプレパラート染色標本のヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)標本と対応させると、写真10のようになる。つまり、提出されたブロック標本17個はプレパラートHE染色標本と形態学的に一致したが、肺臓2個と一致するブロック標本2個は提出されていない。また、プレパラートHE染色標本と形態学的に一致しないブロック標本が1個あった(当教室でプレパラート標本を作成し、HE染色を施行し鏡検したところ、肝臓と判断された)。

 これらの包埋用カセットの裏側を見ると(写真11)、丸い模様の包埋用カセットと線様の包埋用カセットと木製の包埋用カセットの3種類が使用されていた。

3.平成14年2月22日、日本大学医学部法医学教室において採血した、亡久保幹郎氏の妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏の血液。

  妻久保佐紀子氏・長男久保幹彦氏・次男久保幹之氏・三男久保幹也氏の血液について血液型を検査し、さらにこれらの血液からフェノール・クロロホルム法にてDNAを抽出し、PCR法によりDNA型を検査した。その結果は表1のようになった。

 次に、妻久保佐紀子氏のDNA型と長男久保幹彦氏・次男久保幹之氏・三男久保幹也氏のDNA型の組み合わせから、亡久保幹郎氏のDNA型を推定した。実子が3人いることにより亡久保幹郎氏のDNA型の因子はかなり狭められた。

 つまり、亡久保幹郎氏のDNA型の因子として必ず存在しなければならない因子が、提供されたブロック標本や臓器などから抽出されたDNA型と一致するか否かを検討することが可能となった。

4.ブロック標本からのDNA型の検査について

4―1)予備実験

  予備実験として、平成9年頃に解剖して当教室に保存してあるブロック標本から次のように切片を切り出し、DNA型を抽出し、PCR法によりDNA型を検査したところ、

  STR (Short Tandem Repeat型、vWA型・TH01型・TPOX型・D5S818型・D3S1358型)の判定が可能であった。

  なお、PCRにはGenePrint STR systemキット(Promega社)を用い、そのプロトコールに従って検査した。ただし、増幅産物の電気泳動は6.5%のポリアクリルアミド変性ゲルを用いて、750V一定で1時間30分の電気泳動し、銀染色にてバンドの型判定を行った。

「DNAの抽出法」

 ブロック標本から厚さ10μmの組織の切片を2枚切り出して1.5mlチューブに入れる。パラフィンを取り除くため、キシレンを加え、4回脱パラフィン操作を施行した。100%エタノールを用いてチューブ内のキシレンを取り除いて、室温で組織切片を十分に乾燥した後にDigest緩衝液(10mM Tris-HC1, 10mM EDTA, 50mM NaCl, 2% SDS)を400μlとプロテイナーぜK100ul加える。  56°Cで12時間加温し組織が溶解した後にフェノール・クロロホルム法にてDNAの抽出を行った。エタノールを用いDNAを沈澱させ40μlのTE緩衝液(10mM Tris-HC1, 1mM EDTA, pH8.0)を加えて、乾燥したDNAを4°C一晩溶解した。高分子DNAを精製するため、更に0.8%のアガロースゲル電気泳動を行い、分離されたDNAで分子サイズ200bp以上のところからゲルを切り出した。これらのDNAが含まれているゲルを−20°C1時間凍結させて、フェノール・クロロフォルム法にてDNAを回収した。

 ところが、提出されたブロック標本から同様に切片を切り出し、DNAを抽出し、PCR法によりDNA型を検査したところ、これらのSTR型判定は不可能であった。

4―2)DNA抽出法の改良

  そこで、DNA抽出法について種々検討を加えた。

  アガロース電気泳動後に切り出したDNAを含むゲルを凍結・回収する方法ではなく、加熱回収法を行った。つまり、切り出したゲルを65゜Cで5分間加温してアガロースを液状に溶かし、更に前もって暖めておいたフェノールを添加してその後に通常のフェノール・クロロフォルム法にて高分子DNAの精製を施行した。この結果、一部のDNA型の検出が可能となった(この方法を改良DNA精製法とする)。

 この改良DNA精製法により、5種類のSTR型を検査したところ型判定は不能であったが、PCR−ドット・ハイブリダイゼーション法によるポリマーカー (PM:Poly Marker)型とHLA DQA1型の型判定が可能となった。なお、PCRにはAmpliType PM+DQA1PCR Amplification and Typing Kits (Applied Biosystems社, USA)を用い、そのプロトコールに従って検査した。

4―3)ブロック標本のDNA型

 提出されたブロック標本(心臓No.2,4,5,6,8)から前述のように切片を切り出し、改良DNA精製法によりDNAを抽出し、PCR法によるポリマーカー(PM)型とHLA DQA1型の結果は写真14・16のようであった。

 一方、妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏の血液から判定されたPM型とHLA DQA1型の結果は写真15・16、表1のようであった。そうすると、妻久保佐紀子氏のPM型とHLA DQA1型と長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏のPM型とHLA DQA1型の組み合わせから、亡久保幹郎氏のPM型のLDLRローカスではA,B因子を含まねばならず、GCローカスではB,C因子を含まねばならないことになり、また、亡久保幹郎氏のHLA DQA1型では4.1の因子を含まなければならないことになる(表2)。

  提出されたブロック標本から判定できたPCR法によるPM型ではLDLRローカスはB/B型でありA因子は検出されず、GCローカスはA/C型でありB因子は検出されなかった。また、提出されたブロック標本から判定できたPCR法によるHLA DQA1型は2/2型であり、4.1の因子は検出されなかった。

 つまり、提出されたブロック標本から判定できたPCR法によるPM型のLDLRローカス・GCローカス及びHLA DQA1型は、妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏から推定された亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾していた。

5.心臓などについて

5―1)心臓および肝臓からの試料の採取、DNA型検査

  提出された一塊となっている心臓は重さ約295gであり、切開が施行されていた。この心臓(No.2・4・5・6)および肝臓(No.18)から試料を採取し(写真12・13)、前述のようにパラフィン切片を作成後切り出し、改良DNA精製法によりDNAを抽出し、PCR法によるポリマーカー(PM)型の結果は写真17、表2のようであった。HLA DQA1型は判定できなかった。

 提出された心臓および肝臓から判定できたPCR法によるPM型では、LDLRローカスはB/B型でありA因子は検出されず、GCローカスはA/C型でありB因子は検出されなかった。

 つまり、提出された心臓・肝臓の一部から判定できたPCR法によるPM型のLDLRローカス・GCローカスは、妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏から推定された亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾していた。

 なお、この心臓・肝臓から採取した試料に関するPCR法によるポリマーカー(PM)型とHLA DQA1型検査に関しては、ロットナンバーの異なるDNAタイピングキットを使用し、同様な結果を得ている。

5―2)心臓の冠状動脈の所見

@左冠状動脈前下行枝では、起始部から約3cmにわたり3回横断切開して検査されているが、その先端部分については切開の痕跡が見られない。今回さらに横断切開して検査すると、起始部から約5cmのところではほとんど内腔は閉鎖状態であった。

A冠状動脈回旋枝は、左前下行枝の起始部から約3cmのところから分枝しており、5mmのところに横断切開が施行されており、その先2cmの間は切開されておらず、その先では1cmおきに2回切開されていた。今回切開の痕跡が見られない部分についてさらに切開すると、分枝部から約1cmのところの横断切開では内腔の閉鎖は高度であった。

B右冠状動脈では、起始部から約1cmおきに3回横断切開されているが、その先端部分には切開の痕跡が見られない。その先端部分に切開を加えると起始部から約6〜7cmのところで、内腔はほとんど閉鎖状態であった。

  このように、心臓に死因が高度に関与していると判断されているにも関らず、詳細な冠状動脈の閉鎖状態を十分に観察していないことは、専門医として甚だ遺憾なことであることを指摘したい。

 前述のように、提出された心臓・肝臓の一部(No.2,4,5,6,18)およびブロック標本(心臓No.2,4,5,6,8)から判定できたPCR法によるPM型のLDLRローカス・GCローカス及びHLA DQA1型は、妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏から推定された亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾していたので、死因に関する詳細な検討は中止した。

鑑      定

1.被告伊藤順通は、亡久保幹郎(1943年4月22日生)の心臓及び、同人のその他の臓器の組織片の標本を保存していると主張しているが、これらの臓器ないし標本と、原告久保幹彦(仮称)、久保幹之(仮称)、久保幹也(仮称)とのDNA鑑定その他の親子鑑定により、これらの臓器ないし標本は久保幹郎の死体の一部であると認められるか否か。

    提出された心臓・肝臓の一部(No.2,4,5,6,18)およびブロック標本(心臓No.2,4,5,6,8)から判定できたPCR法によるPM型のLDLRローカス・GCローカス及びHLA DQA1型は、妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏から推定された亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾していた。

2.被告伊藤順通が保存する前記記載の心臓及び、その他の臓器の組織片から、その死体の死因は何であると考えられるか。

    提出された心臓・肝臓の一部(No.2,4,5,6,18)およびブロック標本(心臓No.2,4,5,6,8)から判定できたPCR法によるPM型のLDLRローカス・GCローカス及びHLA DQA1型は、妻久保佐紀子氏、長男久保幹彦氏、次男久保幹之氏、三男久保幹也氏から推定された亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾していたので、死因に関する詳細な検討は中止した。

3.その他、本件に関し参考となる事項一切。

    1)抽出されたブロック標本のうち、17個はプレパラートHE染色標本と形態学的に一致したが、肺臓2個と一致するブロック標本2個は提出されていない。またプレパラートHE染色標本と形態学に一致しないブロック標本が1個あった。

    2)提出されたプレパラート染色標本67枚のうちに、対照と記載された染色標本も混在していた。

以上

平成15年3月31日
日本大学医学部法医学教室
鑑定人 教授
押田茂實 (押印)


表1.血液型とDNA型の検査結果
 種  目
久保佐紀子氏
幹彦氏(仮称)
幹之氏(仮称)
幹也氏(仮称)
ABO
MN
MN
MN
MN
PM・LDLR
B/B
A/B
B/B
A/B
PM・GYPA
A/A
A/B
A/B
A/B
PM・HBGG
A/B
B/B
B/B
A/B
PM・D7S8
B/B
A/B
A/B
A/B
PM・GC
A/A
A/C
A/B
A/C
HLA DQA1
1.1/1.2
1.2/4.1
1.2/4.1
1.2/4.1
vWA
14/14
14/16
14/14
14/16
TH01
10/10
9/10
9/10
6/10
TPOX
8/10
10/11
10/11
10/11
D5S818
9/11
10/11
10/11
10/11


表2.DNA型の検査結果 (-----* : 型判定できなかった。)
 ローカス
ブロック
(No.2.4.5.
6.8)
臓器
(No.2.4.5.
6.18)
久保
佐紀子氏
幹彦氏
(仮称)
幹之氏
(仮称)
幹也氏
(仮称)
父として
持つべき
アリール
PM・LDLR
B/B
B/B
B/B
A/B
B/B
A/B
A,B
PM・GYPA
A/B
B/B
A/A
A/B
A/B
A/B
PM・HBGG
A/B
A/B
A/B
B/B
B/B
A/B
PM・D7S8
A/B
A/B
B/B
A/B
A/B
A/B
PM・GC
A/C
A/C
A/A
A/C
A/B
A/C
B,C
HLA DQA1
2/2
-----*
1.1/1.2
1.2/4.1
1.2/4.1
1.2/4.1
4.1

 



 

写真1

写真2

写真3


 

写真4

写真5

写真6


 

写真7

写真8


 

写真9

写真10

写真11


 

写真12

写真13

写真14


 

写真15

写真16

写真17


ページのトップへ
ホームに戻る