DNA正式鑑定に対する県警の反論


平成15年6月2日
平12年(ワ)第2704号 損害賠償請求事件
意 見 書
被告神奈川県他3名訴訟代理人 弁護士 金子泰輔
被告神奈川県訴訟代理人 池田直樹
被告神奈川県指定代理人 12名 
平成15年3月31日付けの「日本大学医学部法医学教室 鑑定人 教授 押田茂實作成の鑑定書」の鑑定結果は、伊藤監察医から提出された臓器等から判定できた「PM型」及び「HLA DQA1型」が、遺族から「推定された亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾していた」というものであった。
 もとより、被告神奈川県としては、提出された臓器等の保管経緯を承知していないため、仮に、提出された一部の臓器等のDNA型が遺族の血液のDNA型と矛盾するとの鑑定結果が導き出されたとしても、その結果について直ちに意見を述べる立場にはない。
 しかしながら、被告神奈川県がこれまで主張してきたとおり、亡幹郎の解剖は事実行われているのであるから、解剖の事実を否定するかのような本件鑑定結果については、被告神奈川県としては到底看過することはできない。よって、本件鑑定の信用性につき、以下のとおり意見を述べる。
1 はじめに
  そもそも、DNA鑑定は、適切な鑑定手法に基き誤りのない型判定が行われたことが、明確かつ詳細に示された鑑定書により、吾人をして納得しうる結論が導き出されて然るべきところであり、本件鑑定においては、裁判所が命じた鑑定である以上、裁判所はもとより、当事者としても、本件鑑定作業に遺漏は認められないものと信じ、信頼のおける鑑定結果が出るものと期待していたところである。
 しかしながら、虚心坦懐に、本件鑑定書の内容に関して精査検討を実施したところ、本件鑑定には、
    @ 「PM型判定」を行う上で、前提となる「S」の発色がなく、本来であれば「判定不能」とすべきところを、あえて判定を行うなど当該判定において用いられた検査キットのマニュアルに沿わない方法で型判定を行っている
    A 「HLA DQA1型判定」を行う上で、前提となる「C」の発色がなく、本来であれば「判定不能」とすべきところ、あえて判定を行うなど当該判定において用いられた検査キットのマニュアルに反して判定を行っている
    B 鑑定資料全てに対して鑑定が行われたのか否かが疑わしく、かつ、全ての鑑定状況が明らかにされていない
という、DNA鑑定としての信用性を揺るがす極めて顕著な不備が認められたほか、本件鑑定書にも鑑定書としての価値を低下せしめる疑問点が幾重にも存在することが判明した。
 被告神奈川県外は、専門的見地から、本件鑑定書には重大な欠陥が存在し、本件鑑定自体その信用性が否定されるべきものと認められたことから、本件鑑定において導き出された「亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾する」という結果は、到底是認することができないという意見である。その理由について、以下詳述する。

2.本件鑑定における極めて顕著な不備

    (1)PM検査について

    @「写真14」における「PM検査」の型判定について

    PM型の「PM」とはPoly Markerの略で、PM検査とは、5種類のDNA(LDLR型、GYPA型、HBGG型、D7S8型、GC型)の型判定を行うために、鑑定資料から抽出したDNAをPCR増幅(DNA鑑定に必要なDNAの特定部位を数千万倍にも増幅させること)した後、専用の検査キットの試験紙を用い、上記5種類の型を同時に検査するものである。
     試験紙には、それぞれの部位のそれぞれの型に対応するDNAだけに反応する試薬が点状に塗布されており、その反応した型の部分だけが青色に変色する(試薬が添付されている点状の位置を「ドット」という)。
     PM検査における上記5種類の型の部位のうち、LDLR部位、GYPA部位、D7S8部位は、それぞれA型、B型の2種類の型があり、両親から受け継いだ型の組み合わせにより、それぞれ「AA型」「AB型」「BB型」の3通りに分類され、また、HBGG部位、GC部位は、それぞれA型、B型、C型の3種類の型があり、それぞれの組合せにより「AB型」等の、6通りに分類される。これら5部位の間に相関関係はないので、それぞれの組合せにより、個人を972通りに分類することができ、当該個人が有する各型に応じて試験紙のドットが変色するようになっている。

    PM検査キットによる型の判定(発色、型は一例)


      ところで、こうしたPM検査で使用する試験紙の左端には、「S」というドットが存するが、このドットは、当該鑑定資料における検査適量のDNA量の有無を確認するもので、5つの座位の型判定の可否を決める標準(スタンダード)ドットである。PM検査キットの取扱説明書によれば、型判定に際しては、まず鑑定資料の試験紙における「S」ドットの発色を確認し、その発色よりも強い発色を陽性として型判定を行うこととされている(乙‐A10‐1号証「取扱説明書」29ページ)
      そこで、本件鑑定書における「写真14」の「ブロック(No.2)」の発色状態を確認すると、「S」ドットは発色なし、「LDLR」のドットは「B」が発色あり、「GYPA」のドットは「A」が薄く発色して「B」が発色あり、「D7S8」のドットは「A」が薄く発色し、「B」が発色あり、「GC」のドットは「A」が発色して「C」が薄い発色、となっていることが明らかである。


      つまり「写真14」の「ブロック(No.2)」の試験紙には、前述したとおり、型判定の前提となる「S」ドットの発色がなく、本来「判定不能」とすべきところであるにもかかわらず、本件鑑定書では、「表2」において「ブロック(No.2,4,5,6,8)」のPM型として、5種類の部位を「B/B」「A/B」「A/B」「A/B」「A/C」と型判定している。これは、明かに検査キットのマニュアルに沿わない型判定であるから、本来であれば、「S」の発色がなくとも型判定を行った合理的な理由を明かにすべきところであるが、本件鑑定書ではこの点に一切触れることなく、単に(あるいは無理に)型判定を行っており、到底信用できる型判定とはいえないものである。

    A「写真14」におけるドットの発色状態について
      遺伝子型には、父親由来のものと母親由来のものとで違った型を示すことがあり、違った型を示すものを「ヘテロ型(異型接合体)」といい、同じ型を示すものを「ホモ(同型接合体)」という。
      PM検査キットでは、遺伝子型が「ヘテロ型」の場合、型は2つとなり、その遺伝子(例えば、「HBGG」であれば、AとB、AとC、BとCの組合せ)に対応するドットの発色の程度が等しくなるように作られている(乙‐A10‐1号証「取扱説明書」29ページ)。したがって、同一座位における明らかに発色の強さの異なるドットが観察された場合には、2種類のDNAの混在を疑わせることとなる(一人の臓器から作成されたブロック標本であれば、その発色に濃淡の差があることはまずあり得ない。)。
      そこで、「写真14」のブロック型(No.2)の試験紙の発色状態を確認すると、「GYPA」、「HBGG」、「D7S8」、「GC」の各ドットの発色は、それぞれが明らかに異なった強さで発色しており、その濃淡の差は顕著なものとなっている。しかし、このような発色状態は、前述したとおり他のDNAの混在が疑われるのであるから、本来は、発色状態に関する考察が加えられ、型判定を行った合理的な理由が鑑定書上明らかにされるべきところ、本件鑑定書ではこの点に一切触れることなく、単に(あるいは無理に)型判定を行っており、この点においても到底信用できる型判定とはいえないものである。

    (2)HLA DQA1型鑑定について

      HLA DQA1型鑑定とは、第6染色体上にあるHLADQα部位の塩基配列が個人によって一部異なることから、この違いを型として分類する鑑定方法であり、専用の検査キットの試験紙を用いて鑑定が行われる。
      この鑑定法の手順は、DNAを精製して、PCR増幅した後、検査キットの試験紙により、資料からのDNAと反応した部分だけが青色に発色するので、この発色の有無によって型を判定する。そして、本件鑑定に使用されている検査キット(PM検査とセットになっている。)では、「1.1型」、「1.2型」、「1.3型」、「2型」、「3型」、「4.1型」、「4.2型」、「4.2型/4.3型」の7種類が検出でき、両親から受け継いだそれぞれの型の組合せにより28通りに分類され、例えば、「1.1型」と「2型」の人の場合には「1.1−2型」として表現される。
      本件鑑定書における「写真16」は、遺族各人の血液と「ブロック(No.2)」のそれぞれについて「HLA DQA1型」の結果を表しているが、この試験紙の中央付近に「C」というドットが存しているのは、PM検査における「S」ドットと同様、当該鑑定資料における検査適量のDNA量の有無を確認するもので、コントロールドットと呼ばれている。この検査キットの取扱説明書によれば、型判定に際しては、まず鑑定資料の試験紙における「C」ドットの発色を確認し、その発色よりも強い発色を陽性として型判定を行うこととされ、「C」ドットの発色が正確な型判定の大前提となっている(乙‐A10‐1号証「取扱説明書」30ページ)。
      そこで、「写真16」における「ブロック(No.2)」の発色状態を確認すると、「C」ドットは発色なし、「2」のドットが極めて薄く発色、「All but 1.3」のドットが薄く発色している。
      つまり、この「写真16」の「ブロック(No.2)」の試験紙には、前述したとおり、型判定の前提となる「C」ドットの発色がなく、本来「判定不能」とすべきところであるが、本件鑑定書では、「表2」において、「ブロック(No.2,4,5,6,8)」の「HLA DQA1」型を「2/2」と型判定している。これは、「C」ドットの発色を正確な型判定の大前提としている検査キットのマニュアルに明らかに反する型判定を行っているのであるから、到底信用できる型判定とはいえないものである。

    (3)一部の鑑定資料に対する型判定について


      本来、「DNA鑑定は、当初から対照資料の異同識別に用いることを目的としており、血液型判定などに比して、相当に複雑な作業過程を経るものであるから、全ての対照資料に対し、同一の環境、条件の下で型判定の作業を行うことが信頼性を確保するうえでも好ましい」(東京高裁平成8年5月9日判決・判決時報1585号136頁)とされているように、本件鑑定における鑑定結果の信頼性は、伊藤監察医から提出された鑑定資料の全てが、適切な鑑定手法によって合理的な根拠に基き型判定がなされることによって初めて確保されるものである。
      さらに付言すれば、本件鑑定は、伊藤監察医が提出した臓器ないし標本と、原告らとの親子鑑定により、これらの臓器ないし標本が亡幹郎の死体の一部であると認められるか否かを目的としたものであるから、これらの臓器ないし標本の全てについて適切な型判定がなされ、その結果、その全てが「親子関係に矛盾がある」となった場合に初めて、これらの臓器標本が亡幹郎の死体の一部ではないと言えるのであって、臓器や標本の一部が矛盾していることをもって、直ちに「親子関係に矛盾がある」との結果を導き出すことは、早計に過ぎると言わざるを得ない。
      しかし、以下に述べるとおり、本件鑑定書は、その記載内容からすると、一部の資料について鑑定を実施し、その結果のさらに一部のみを鑑定書中において明らかにしているに過ぎず、この点において、極めて不明瞭かつ不適切な鑑定書というべきものであり、本件鑑定結果自体、到底信頼性が確保されたものと評価することはできない。

    @ブロック標本に対するDNA鑑定について
      本件鑑定書中、ブロック標本のDNA鑑定に関する、「提出されたブロック標本(心臓No.2・4・5・6・8)から前述のように切片を切り出し、…… DNAを抽出し、PCR法によるポリマーカー(PM)型とHLA DQA1型の結果は写真14・16のようであった」(同6ページ2〜5行目)との記載は、提出されたブロック標本18個のうち、右5個のブロック標本について鑑定を実施したことを文中において明らかにしたに過ぎない。
      上述したとおり、本来、DNA鑑定は資料の全てについて鑑定がなされるべきであるところ、本件鑑定は、提出された標本の全てを対象にした鑑定が実施されたか否かは全く不明である。ここで、仮に、鑑定人が、提出された18個の標本全てについて鑑定を実施し、右5個の標本のみを鑑定書上に摘示したというのであれば、鑑定を実施した18個の標本全ての結果を鑑定書上明らかにすべきであるし、また、提出された全ての標本ではなく、右5個の標本についてのみ鑑定を実施したというのであれば、右5個のみとした合理的な理由とともに、その結果の全てを鑑定書上に明らかにすべきである。
      にもかからわず、本件鑑定書では、この点に一切触れることなく、鑑定を実施したものとして「心臓No.2・4・5・6・8」と各ブロック標本を文中において摘示しただけで、その結果を写真添付により客観的に明らかにしているのは、わずかに「ブロック(No.2)」のみであり、他の標本に関する鑑定結果は一切写真等によって明らかにしていない。

    A臓器のDNA鑑定について
      本件鑑定書中、臓器のDNA鑑定に関する、「心臓No.2・4・5・6」および肝臓(No.18)から資料を採取し(写真12・13)、…… DNAを抽出し、PCR法によるポリマーカー(PM)型の結果は写真17、表2のようであった。HLA DQA1型は判定できなかった」(同6ページ26〜29行目)との記載は、鑑定人が1〜22の番号を付した(写真12、13)臓器片のうち、右5個の臓器片について鑑定を実施したことを文中において明らかにしたにすぎない。
      上述したとおり、本来、提出された臓器についても、その全てについて鑑定がなされるべきであるところ、臓器に関する鑑定についても、本件鑑定が提出された臓器の全てを対象に鑑定を実施したのか否かが全く不明である。ここでも、仮に、鑑定人が1〜22の番号を付した全ての臓器について鑑定を実施したというのであれば、その全ての結果を明らかにするべきであるし、右5個の臓器片についてのみ鑑定を実施したというのであれば、右5個のみとした合理的な理由とともに、その結果の全てを鑑定書上に明らかにすべきである。
      しかし、本件鑑定書では、ブロック標本に対するDNA鑑定と同様、この点に一切触れることなく、鑑定を実施したものとして「心臓(No.2・4・5・6)および肝臓(No.18)」の各臓器片を文中において摘示しただけで、その結果を写真添付により客観的に明らかにしているのは、わずかに「No.4」と「No.18」のみであり、他の臓器片に関する鑑定結果は一切写真等によって明らかにしていない。

    (4)小括

     上述したとおり、本件鑑定が、「PM型」、「HLA DQA1型」ともに、検査キットの取扱説明書に沿わない(あるいは、反した)型判定がなされている上、試験紙上の不自然な発色状態を無視しているにもかかわらず、何ら合理的な説明もないままに鑑定結果に導かせていること、さらに、本来、DNA鑑定が全ての資料について鑑定が行われるべきところ、本件鑑定が、一部の資料のみ鑑定を実施し、結果を明らかにしているのが、更にその一部のみであることなどからすれば、本件鑑定は、DNA鑑定としては極めて顕著な不備があり、到底信用するに値しない鑑定結果であるというべきである。

3.本件鑑定書における疑問点

    件鑑定書には、以下に述べるとおり、鑑定書としての価値を低下せしめるほどの疑問点が存在するため、本件鑑定の信用性をはじめ、本件鑑定が適切に実施されていたのかさえも疑わせるものであり、到底看過することはできない。
    (1)「写真15」について

    @遺伝子型が「ヘテロ型」の場合、型が2つとなることは、すでに2項(1)Aで述べたところであるが、PM検査キットでは、3つのドットを持つ「HBGG」と「GC」については、1つないし2つのドットの発色しかあり得ず、仮に3つのドットが全て発色していたとすると、それは2種類のDNAの混在(複数の人のDNAが混在)を疑う必要があるとされている。
      そこで、「写真15」で明らかにされた、遺族の試験紙の発色状態を確認すると、「久保幹彦氏(長男)」と「久保幹也氏(三男)」のそれぞれの「GC」の部分が、「A」と「C」のほか、「B」の部分にも極めて薄い発色が認められる。
      つまり、同写真における「幹彦氏」、「幹也氏」両名に関する結果に着目すれば、それぞれ2種類のDNAの混在が疑われることとなり、遺族から採取したという血液からのDNAの検出操作に何らかの問題点があったことが容易に推認され、このことは、本件鑑定が適切に行われたのかさえ疑わせるものである。

    Aさらに、「写真15」は、遺族の血液から判定された「PM型」の検査結果の写真であるが、これは中間報告書において同様の結果を撮影した同報告書添付の「写真13」とは、試験紙の配列やドットの発色状況等が明らかに異なるものである。両者を比較すると、全体的に鮮明な発色を呈している本件鑑定書の「写真15」に比べ、中間報告書の「写真13」は、「S」ドットをはじめ全体的に極めて薄い発色であり、直ちに型判定を行うのは困難な結果を表している。


      すなわち、本件鑑定では、中間報告書で明らかにした「PM型」の判定結果(「写真13」)を採用せずに、再度「PM型」判定を行い、その結果を「写真15」で示していることは明らかである。どの様な事情により、再度の判定を行う必要があったのかは不明であるが、仮に、中間報告書に添付されている「写真13」上の試験紙が「S」ドットをはじめとして、各ドットの発色状態が良好でないため、鑑定人において、型判定が困難であると判断し、そのことを理由として再度型判定を行ったのであれば、鑑定人が、中間報告書添付の「写真13」と同様に発色状態が不良である本件鑑定書の「写真14」及び「写真17」をもって、ブロック標本や臓器片の「PM型」の判定を行い、鑑定結果を導き出していることには多大なる疑問を抱かざるを得ない。

    (2)各試験紙の写真について

    @本件鑑定書の「写真16」は、中間報告書に添付されている「写真14」と比較すると、それぞれの試験紙の発色状況等の特徴から同一のものと思われる(ただし「久保幹彦氏」と「久保幹也氏」の名前が入れ替わっている。)。そうだとすれば、「写真16」における「ブロック(No.2)」と中間報告書における「ブロックb」は同一の物ということになる。

    ※発色状況をはじめ、発色のシミ等から同一の写真と思われる。

      また、本件鑑定書の「写真14」も中間報告書に添付されている「写真12」とは、その特徴から同一のものであることが容易に推認される。そうだとすれば、本件鑑定書の「ブロック(No.2)」は、中間報告書の「ブロックa」と同一の物となる。

    ※発色状況をはじめ、発色のシミ等から同一の写真と思われる。

      であるならば、中間報告書における「ブロックa」と「ブロックb」は、本件鑑定書における「ブロック(No.2)」と同一の物となる。しかし、中間報告書における「表1」では「ブロックa」と「ブロックb」については、それぞれ別の資料として記載されている。
      このように、中間報告書と本件鑑定書において、相互に矛盾した鑑定資料の表示をすること自体、鑑定人として当該資料の管理ないし取扱いがいかにも不適切であることを窺わせ、本件鑑定書の信用性をも疑わせるものである。 Aこのような疑念を抱かせるのは、本件鑑定書に添付されている写真が、中間報告書に添付されている写真と同一の物と思われる写真を使用している上、本件鑑定書の「写真14」ないし「写真17」の写真は、試験紙全体が写されておらず、いずれも右端のマーキング部分が欠けているため、試験紙の特定を困難にしていることに原因がある(ちなみに、マーキング部分が写されているのは、わずかに中間報告書添付の「写真13」のみである。)。


      本来、鑑定書に添付される写真は、鑑定結果を客観的に明らかにするために添付されるはずである。しかし、本件鑑定書は、上述したとおり、試験紙を特定するためのマーキング部分が欠けている写真を使用するなど、その全てを明らかにしていないこと自体、本件鑑定の信用性を疑わせる余地があるというべきである。

    (3)型判定の理論的矛盾について
    「PM検査」の「S」ドットは、取扱説明書にも記載されているとおり、「HLA DQA1型」の「C」ドットに相当している。すなわち、「PM型」における「S」ドットは、「HLA DQA1型」における「C」ドットと同じ役割を果たすものであるので、一つの資料について「PM検査」の型判定で「S」ドットの発色があれば、それは直ちに「HLA DQA1型」の型判定においても「C」ドットが通常発色するはずである。
      例えば、本件鑑定書の「写真15」では、遺族から採取されたとする血液についてのPM検査を行い、いずれも試験紙上の「S」ドットが発色しているが、このような場合、本件鑑定書の「写真16」で示されているように「HLA DQA1型」の試験紙上にも「C」ドットが発色し、同型の判定も可能となるのである。


      そこで「写真17」を確認すると心臓(No.4)はさておき、肝臓(No.18)の試験紙上の「S」ドットは極めて薄くではあるが発色しており、本件鑑定書においても「表2」で「PM型」の判定も行われていることからすれば、「HLA DQA1型」においても「C」ドットが発色し、型判定が行い得るはずである。
      しかしながら、「HLA DQA1型」について、本件鑑定書では、心臓、肝臓ともに「表2」において「型判定できなかった」との記述にとどまっており、「型判定できなかった」とされる「HLA DQA1型」の試験紙の写真添付もなされず、その理由さえも明らかにされていない。


      上述したとおり、「PM検査」の型判定ができれば、「HLA DQA1型」の型判定ができないということは理論的にも矛盾するので、「型判定できなかった」とする試験紙の写真ないしその理由は、鑑定書上、当然明らかに示されるべきであるが、本件鑑定書では、その点について一切言及することなく、結論のみの記述にとどまっており、このことは、鑑定人において、鑑定書上に記載できない(明らかにしたくない)事由が存在するのではないかとの疑念を生じさせる余地があるばかりか、本件鑑定の信用性自体を疑わせるものであるというべきである。

    (4)鑑定期間と本件鑑定書について
     本件鑑定は、2年の期間を要している。この期間は、押田鑑定人の業務の都合等と斟酌すれば、直ちに不当に長期間とは言えないかもしれない。
      しかしながら、本件鑑定書では、提出された臓器ないしブロック標本の全てについて鑑定が実施されたのかさえ明らかにしていない上、鑑定を実施したものとして写真を添付して結果を客観的に明らかにしたのがその一部(ブロック標本は1個、臓器片は2個)に過ぎないこと、さらに、客観的に明らかにされたものが、概ね中間報告書で明らかにしたものと同一のものと思われることなどからすれば、本件鑑定がこれ程の長期間を要するものとは到底思われないし、これ程の長期間を要したのであれば、科学的にも、理論的にも全く問題がなく、疑問点、問題点の指摘も受けることのない、吾人をして納得させるような「鑑定書」が提出されるべきである。
      しかし、本件鑑定書の内容を見る限り、本件鑑定が適切に実施されていたのかさえ疑問を生じさせる余地が多分に存在し、本件鑑定の信用性自体に疑問を抱かざるを得ない。
    (5)小括
     上述したとおり、本件鑑定書には、添付された写真やその記載内容からするとDNAの検出操作に関して何らかの問題点が窺われること、中間報告書の内容と相互に齟齬を来していると窺われること、試験紙の特定を曖昧にするかのような写真を添付していること、型判定の理論的な矛盾点について、何ら言及することなく結論のみを記述していることなど、鑑定書としての価値を低下せしめる多くの疑問点がある。これらの疑問点は、本件鑑定が適切に実施されていたのかさえ疑わせるものであるから、本件鑑定により導き出された結果は、到底信用するに値しないものというべきである。

4.結論

    以上のとおり、本件鑑定書から推認される本件鑑定は、専門的見地から、鑑定としては極めて顕著な不備が認められ、さらに、鑑定書としても、その価値を低下せしめる疑問点が幾重にも存在することが明らかであるから、被告神奈川県外は、押田鑑定人が、本件鑑定により導き出した「提出された臓器ないし標本」が「亡久保幹郎氏のDNA型と矛盾する」という結果自体、到底是認することはできない。


ページのトップへ
ホームに戻る