地検DNA鑑定書(甲53の2号証)

(注意)
久保家子息の名前は仮称を使っています。
添付写真は元はカラーであるところ、裁判所には白黒のコピーで提供 されたので、白黒のままです。
⇒この件を報じた新聞記事


第一章 緒言
被疑者 伊藤順通及び斉藤清に関する虚偽有印公文書作成・同行使、偽証被疑事件について、横浜地方検察庁検察官検事・菱沼洋は平成15年9月17日に筑波大学社会医学系法医学教授・本田克也に下記事項の鑑定を嘱託した。

1.鑑定試料

(1)
平成15年9月17付けで横浜地方裁判所から押収した心臓、その他の臓器の組織片、ブロック標本及びプレパラート標本
(2)
久保佐紀子、久保幹彦(仮称)、久保幹之(仮称)、久保幹也(仮称)の血液

2鑑定事項

(1)
前記臓器ないし標本と、久保幹郎の妻久保佐紀子、その子である久保幹彦、久保幹之、久保幹也の血液とのDNA鑑定、その他の方法により、前記臓器ないし標本に久保幹郎の死体の一部が含まれていることが認められるか。
(2)
前記臓器ないし標本から、その死体の死因は何であると考えられるか。
(3)
その他、本件に関し参考になる事項一切
よって、筑波大学法医学研究室において、DNA検査を実施し、その結果に基づき本鑑定書を作成した。

第二章 DNAの抽出

  • DNA鑑定に用いた鑑定試料
  • 臓器の鑑定試料はホルマリン固定された心臓(一部はすでに切り出してあり、欠落している部分を有する)と他の小標本、およびパラフィンブロック18片、およびプレパラート67枚である。このうちホルマリン固定された心臓から3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)を切り出し、その心臓から採取されたことが形態的に矛盾しないプラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)の併せて6片からDNAを抽出した。その他の心臓以外の小臓器片やプラフィンブロックについては、形態学的に同一性が否定できる違いはなかったため、この6片で十分な鑑定材料となりうると判断した。なおホルマリン固定された心臓からのDNA抽出にあたっては、ホルマリンを除去するために入念かつ十分な前処理を行った。またパラフィンブロック標本では、細胞核の密度の高い細胞群からDNAを抽出するために、マイクロダイゼクションを行った。
  • 試料の前処理
    1.ホルマリン固定された心臓片の前処理
    長期にわたったホルマリン固定された臓器は、ホルマリンが細胞核にまで浸透し、核蛋白を変性させているので、ホルマリンを可能な限り除去し、DNAを復元する必要がある。そのため、切り出した組織片を容量2Lの生理食塩水入りのビーカーに入れ、攪拌しつつ毎日液の交換を行い、3ヶ月間放置した。その後、冷蔵庫内で乾燥させ、ホルマリンを完全に気化させ、DNAの抽出を行った。

    2.ブロック標本の前処理(マイクロダイゼクション)
    パラフィンブロック標本は、ミクロトームで薄切し、スライドガラスにのせ、エッペンドルフ社製PPMDマイクロダイゼクションシステム及びオリンパス社製倒立顕微鏡IX71を用い、PPMDシステムにてピエゾパワーにて微小金属チゼルを超振動させることにより、熱や紫外線に暴露させることなく、細胞核を切り出した。切り出した細胞核は電動ピペットにより採取し、回収した。(図15、16)

    DNAの抽出
    前処理し採取した試料、および久保幹郎の妻久保佐紀子、久保幹彦、久保幹之、久保幹也の血液100μlを、2mlのマイクロチューブに入れ、500μlのLysisバッファー(ABI)に融解させた。続いて、100μlのプロテナーゼK(WAKO)を入れ、50℃、4時間にて蛋白融解を行った。続いてフェノール/クロロフォルム抽出(ABI)を行い、70%エタノール、および純エタノールによりDNAを沈殿させ、DNAスピードバック(SERVANT)にて乾燥させた後、50μlのTEバッファー(ABI)に融解し、スピンカラムDyeEX2.0 Spin Kit (QIAGEN)により精製した。

第三章 DNA検査

    DNA鑑定のためのPCR増幅(ポリメラーゼ連鎖反応)は以下のように設定した。まずわれわれが独自に開発したPCR-SSCP法を用いてABO式血液型遺伝子の型判定を行った(DNA多型11、東洋書店、参照)。 この方法により、血液型遺伝子は、 (AO,AO,AO, BB,BO,BO, O, O, O,AB) の10種の型に分類される。

    それとともに、ホルマリン固定した心臓片から、解離試験により血液型を確認し、両者の同一性を確認した。続いて性別を判定するため、アメロジェニン領域のPCRを行った。続いて、性染色体STRによる型判定を行った。X染色体については、自験例を豊富に有するARA、STRX1、HPRTBの3ローカスにつき検査した。Y染色体については、われわれが国際YSTRワークショップにて共同研究を進めているYSTR-extended-haplotype formantに従い、DYS19, DYS389I, DYS389II, DYS390, DYS391, DYS392, DYS393, DYS385, YCAIIの9ローカスにて検査した。

    なお、検査はすべて、2種のシークエンサ(ファルマシア社製ALF-expressおよびABI PRISM377)を用いて行った。したがって蛍光ラベルは、ファルマシア社製用にCY5でラベリングし、ABI社製は6-FAM, HEX, TETにてラベリングした(SIGMA GENOSISに発注)。

    また、親子鑑定のための常染色体STR検査としては、ALDH(アルデヒド脱水素酵素DNA多型)、CCK遺伝子(コレシストキニン遺伝子)多型について検査を行った。さらにACTBP2(SE33), THO1,VWF部位について検査を行った。

    なお、いずれも型判定はGeneScan 500マーカーにより、GeneScan Analysis Software ver.3.1.2により解析し、さらにそれぞれの部位に対応したアレリック・ラダー・マーカーとの比較およびABI PRISM377によるダイレクト・シークエンスにて確認した。

第四章 検査結果

    1)解離試験による、ホルマリン固定臓器からの血液型判定
    解離試験により、ホルマリン固定臓器から血液型判定を行ったところ、B型と判定された。(図17)

    2)PCR-SSCP法によるABO式遺伝子型判定
    3種のプライマーセットを用い血液型判定を行ったところ、久保幹郎の妻久保佐紀子はO型、その子である久保幹彦はBO型、久保幹之BO型、久保幹也BO型であった。
    なお、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)はいずれもBO型であった。(図27,28)

    3)アメロジェニン領域のPCRによる性別判定
    ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)から検査したところ、 これらの試料からはX染色体バンドのみが増幅され、Y染色体バンドの増幅が見られなかった。なおこれは繰り返し実験を特に入念に行い、結果に再現性があることを確認した。(図18,19)

    4)X染色体STR検査
    X染色体STR領域であるARA、STRX1、HPRTBの検査を行ったところ、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁) パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれも、ARAは17/21型(273bp/285bp)、STRX1は14/15型(320bp/324bp)と判定され、 したがって、これらの試料は全てXX型である。なおHPRTBは11/11型(279bp/279bp)と判定される。(図20,21,22,25)

    5)染色体STR検査
    YSTR9部位の検査を行ったところ(DYS19, DYS389I, DYS389II, DYS390, DYS391, DYS392, DYS393, DYS385, YCAII)、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれからも増幅はできなかった。したがって、これらの試料はY染色体を有しないことが判明した。

    6)常染色体STR検査
    ACTBP2(SE33)にて検査を行ったところ、久保幹郎の妻久保佐紀子は26/28型(281bp/289bp)、その子である久保幹彦は16/26型(239bp/281bp)、久保幹之は16/28型(239bp/289bp)、久保幹也は16/28型(239bp/289bp)であった。

    なお、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁) パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれも、19/26型(251bp/281bp)であった。(図23)

    THO1では、久保幹郎の妻久保佐紀子は10/10型(199bp/199bp)、その子である久保幹彦は9.3/10型(196bp/199bp)、久保幹之は9.3/10型(196bp/199bp)、久保幹也は6/10型(183bp/199bp)であった。

    なお、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁) パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれも、7/7型(187bp/187bp)であった。(図24)

    VWFでは、久保幹郎の妻久保佐紀子は18/19型(158bp/162bp)、その子である久保幹彦は18/18型(158bp/158bp)、久保幹之は18/18型(158bp/158bp)、久保幹也は18/19型(158bp/162bp)であった。

    なお、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれも、17/18型(154bp/158bp)であった。

    CCK多型では、久保幹郎の妻久保佐紀子はCC、その子である久保幹彦はCT型、久保幹之はCC、久保幹也はCTであった。

    なお、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁) パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれも、TTであった。(図26)

    ALDH多型では、久保幹郎の妻久保佐紀子はND型、その子である久保幹彦はND型、久保幹之はNN型、久保幹也はND型であった。

    なお、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれも、NN型であった。(図29)

第五章 説明

    本件において鑑定に用いたホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のDNA型はすべて同一で、また、形態的にも矛盾はないことから、すべて同一個人に由来すると考えてよい。また、これらの試料は、ホルマリン固定臓器の解離試験でB型、PCR-SSCP検査にてBO型と判定できることから、血液型はBO型である。

    さらにアメロジェニン鑑定で、Xバンドは増幅されてもYバンドは増幅されなかったこと、2種のXSTR検査(ARA, STRX1)でXX型と判定できたことから、女性であると判定できる。つまり、本件試料の心臓は明らかに血液型B型の女性に由来する臓器である。

    また、親子鑑定については、まず久保佐紀子と、久保幹彦、久保幹之、久保幹也の母子関係としてはすべての検査で否定されなかったので、父子鑑定の前提条件は否定されなかった。次に父子鑑定については、もし仮にこの試料が由来する個人が男であると過程しても(現実にはありえない)、ABO式血液型遺伝子、ALDH型のみではこの父子の組み合わせに矛盾はない。しかしながら、CCK多型では、久保幹郎の妻久保佐紀子はCC、その子である久保幹彦はCT型、久保幹之はCC、久保幹也はCTである。

    なお、ホルマリン固定心およびパラフィンブロック3片ではTTである。したがって、久保佐紀子はCCで久保幹之はCCであることから、久保幹之の父は必ずC遺伝子を有しなければならない。しかし、ホルマリン固定心臓およびパラフィンブロック3片ではTTであるため、したがって、本件鑑定試料である心臓が由来する故人は、久保佐紀子を母とする久保幹之の父ではありえない。

    なおACTBP2(SE33)にて検査を行ったところ、久保佐紀子は26/28型、その子である久保幹彦は16/26型、久保幹之は16/28型、久保幹也は16/28型であることから、その父は16型遺伝子を有しなければならない。しかしながら、ホルマリン固定心、およびパラフィンブロック3片では19/26型で16型を有しない。したがって、本件鑑定試料である心臓が由来する故人は、久保佐紀子を母とする久保幹彦、久保幹之、久保幹也の、いずれの子供の父親でもありえない。

    同様の矛盾する親子関係の結果は、THO1でも得られた。その結果は、久保幹郎の妻久保佐紀子は10/10型(199bp/199bp)、その子である久保幹彦は9.3/10型(196bp/199bp)、久保幹之は9.3/10型(196bp/199bp)、久保幹也は6/10型(183bp/199bp)であるため、父親は6/9.3型以外にありえない。

    なお、ホルマリン固定された心臓3ヶ所(左心室前壁、中隔、側壁)パラフィンブロック3片(左心室前壁、右心室前壁、乳頭筋)のいずれも、7/7型(187bp/187bp)である。したがって、本件鑑定試料である心臓が由来する故人は、久保佐紀子を母とする久保幹彦、久保幹之、久保幹也の、いずれの子供の父親でもありえないことが示された。

第六章 鑑定

    第四章DNA検査および第五章 説明に基づき、以下のように鑑定する。

    鑑定事項

    (1)
    臓器ないし標本(平成15年9月17日付けで横浜地方裁判所から押収した心臓、その他の臓器の組織片、ブロック標本及びプレパラート標本)と、久保幹郎の妻久保佐紀子、その子である久保幹彦、久保幹之、久保幹也の血液とのDNA鑑定、その他の方法により、前記臓器ないし標本に久保幹郎の死体の一部が含まれていることが認められるか。

    回答:
    横浜地方裁判所から押収した心臓、その他の臓器の組織片、ブロック標本併せて6片につきそれぞれ、血液型解離試験および19種類のDNA検査を、ABI社製DNAシークエンサ及び、ファルマシア社製シークエンサの2種類の機器で検査を行った。その結果、これらの結果はすべて合致し、血液型はBO型で染色体はXX型で女性由来の試料と判定される。

    したがって、本件鑑定試料である、ホルマリン固定心およびパラフィンブロック標本は、男性である久保幹郎由来の部検試料ではありえないと判定される。

    また、常染色体検査では、上記試料が仮に男性であると仮定しても(現実にはありえない)、CCK検査及びACTBP2検査、THO1検査のいずれによっても、本試料が由来する故人は、説明で示した理由により、久保佐紀子を母とする久保幹彦、久保幹之、久保幹也の、いずれの子供の父親ではありえない型であると判定される。

    したがって、仮に父子鑑定として行っても、本件鑑定試料である、ホルマリン固定心およびパラフィンブロック標本は、男性である久保幹郎由来の部検試料ではありえないと判定される。

    (2)前記臓器ないし標本から、その死体の死因は何であると考えられるか。

    回答:
    死体の死因を判定するには、全臓器の肉眼所見ならびに顕微鏡所見が不可欠であるので、心臓を中心とした臓器の一部でしかない前記臓器ないし標本から、死因の判定は不可能である。但し、心臓の冠状動脈には3枝ともに高度の動脈硬化があり、一部には血栓も認められ、心筋には慢性および急性的な虚血性心病変が広範囲に認められるので、上記試料に由来する女性は、心筋梗塞で死亡したとしても矛盾はないと言える。

    (3)その他、本件に関し参考にある事項一切

    本件の鑑定については、それぞれ少なくとも5回以上の再現実験を行ったが、すべて同一の結果が得られることを確認した。

    なお、本件の鑑定試料が女性由来のものであるから、父子鑑定を行うことは無意味であるが、 性別判定で女性であったという前提なしにも父子鑑定が否定されうることを示すために、あえて実施した。 (結果は下記の表にまとめて示した)

以上

平成16年3月25日 筑波大学社会医学系法医学教授 本田克也 (印)


    (表1)

    (表2)


図15,16 図17 図18,19
図20 図21,22 図23,24
図25 図26 図27
図28 図29


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