三ツ沢交差点の検証

 

これまでの証拠資料・準備書面をもとに、三ツ沢交差点付近における、原告・被告(県警・監察医)双方の主張の違いを以下に整理/分析します。

  1. 事件の位置と経過の概要
  2. 救護義務の有無
  3. 免許証と車検証
  4. 死因をめぐる争点
  5. 死斑のナゾ
  6. 推認される事件の真相
平成18年2月2日
HP管理人・萩野谷敏明


1.事件の位置と経過概要

三ツ沢交差点の位置
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経過の概要
  • 1997年(平成9年)7月19日未明の午前0時やや過ぎ、交差点手前の右折専用車線上に停車(B地点)、ハザードランプを点滅させているジープを、三菱自動車販売に勤務する平岩三郎(仮称)氏が発見、110番通報した。
  • 0時30分頃、パトカーが現場に到着、被告である村井巡査部長・青地巡査長がジープ内に横たわっている男性を発見、本人の覚醒を待たず「酒に酔い寝込んでしまったものと思い」、「目を覚ますと自己の意思で帰宅できる」ものと考え、ジープをB地点からC地点に移動したのち、救急車を呼ばず、通常の警ら活動に戻った。
  • この時、両警察官は、車両を移動したという事のみを保土ヶ谷署に連絡、車両の損傷状況も、中にいた男性の状況についても報告しなかった。
  • 両警察官は、ジープ内をくまなく捜したが、免許証・車検証は発見されなかったと証言している。
  • ジープ内の男性は、両警察官が現場に駆けつけてから約2時間後(午前3時頃)に死亡した。
  • 午前11時00分頃、ホンダクリオの藤原店長(仮称)がC地点に停車しているジープの中に男性が横たわっていることを発見、119番通報した。
  • 救急車が駆けつけ、男性を横浜市民病院に搬送、午前11時30分頃、死亡が確認された。この時、救急隊は免許証・車検証を発見していないので、病院では身元不明体扱いにしている。
  • 同じく午前11時25分頃から、C地点で保土ヶ谷署による実況見分が行われた。この時も免許証・車検証は発見されていない。
  • ジープは午後1時20分頃、C地点から保土ヶ谷署の駐車場にレッカー移動された。同駐車場において、保土ヶ谷署員がジープ内を捜したところ、免許証は車の中のジャンパー内から、車検証はダッシュボード内から発見され、同日夕刻、保土ヶ谷署から原告久保佐紀子に返還された。血中のアルコールは横浜市民病院・県警科捜研の双方で検査したが検出されていない。
  • 県警は、両警察官が取った措置は適切なものであり、久保氏を救護する義務はなかったと主張している。

  • なお、C地点で行われた実況見分において、車内にジャンパー(実際にはセーター様の古着)があったという記載はなく、写真にも写っていない。帽子もあったはずだが記載はなく、写真にも写っていない。帽子は後日、保土ヶ谷署から遺族に返還されている。(実況見分の性格として、あれば必ず撮影され、調書に記載・写真添付されるべきものである。それがないので、実況見分の時点ではジャンパーも帽子も車内にはなかったはずである。)


2.救護義務の有無 その1・B地点(交差点手前の右折車線)

県警は、久保氏について、警職法3条1項に定める「応急の救護を要すると信じるに足りる相当な理由」はなかったとして、両警察官の措置に違法性はなく適切であったとしている。

民事裁判の当初から最終弁論に至る今日まで、神奈川県警の基本姿勢は、次のようなものだ。

亡幹郎本人から「救護の必要がないことを述べるのを確認」する必要もないし、救護する必要もないというべきである。

【県警側「準備書面」(1)5-(3)項】

こうして放置された2時間後に、まだ息のあった久保氏は死亡している。

まず、本当に適切であったのか、について検証する。

公判の過程で明らかになった、交差点付近からホンダクリオ前にジープを移動する際の、久保氏の搬送状態は、次のようなものであった。

19日未明、最初に現場に駆けつけたパトカー巡査である被告村井巡査部長・同青地巡査長は、「取り敢えず、ジープを安全な場所に移動することとして」、B地点からC地点に移動したという。しかし、この搬送状況からは、久保氏の身の安全を気遣っているとは、とても思えない。なぜ、交差点付近であっても、交通を遮断して、現状保存と久保氏の救護をしなかったのだろうか。深夜であるから、交通量は多くなかったと思われる。

この、久保氏の搬送状況について、ジープを運転した村井巡査部長は証人尋問で、次のように証言している。

    (原告側弁護士)車を移動したとき、あなたが運転をしたわけですよね。
    (村井巡査部長)はい、そうです。
    そのとき、久保さんの姿勢をどういうふうにしたのですか。
    まず、靴がペダルのちょっと下のところにあったので、靴が邪魔になるのでどけました。
    久保さん本人の体は、どういうふうにしたのですか。
    両足をこっちのところに上げて、座席と私の背中ではさむような感じで。
    立て膝ではなくて、足全体をあげちゃったということですか。
    そうです。
    あなたが運転席側に乗り込んだと。
    はい。
    そのときに、久保さんの足は運転席のほうに立て膝になっていたということなんでしょう。
    はい。
    その立て膝になっている足を、あなたの肩に担ぐようにしたということですか。
    ・・・・・。
    (裁判長)左肩越しに後ろの座席のほうに足を移動させたということですか。
    はい、そうです。
    (原告側弁護士)久保さんの頭のほうはそのままですか。
    そうです。
    助手席のほうに頭をやって寝ているのですか。
    はい。
    足を上に上げて、逆立ちとは言わないけれども、頭が下がっているという状態ですね。
    そうです。
    もし、本人がけがをしているのなら、こんなふうな姿勢でいわば乱暴な扱いだと思うんだけれど、よくないとは思わなかったのですか。
    乱暴というほどのことはしていませんし、普通に・・・・・
    足をぽんと担ぎ上げて後ろにやったというんでしょう。
    はい。
    頭は下でしょう。
    はい。
    後で脳内出血とか出てくるけれど、脳内出血だったらそんな姿勢はとれないじゃないですか。
    そのとき、けがもしていないのは分かりました・・・。
    そのときは、そういうことは考えなかったというわけですか。
    考えていないと思います。
    自分でも、そこまで考えなかったのはうかつだと思わないですか。
    いいえ、その場の状況では特に。
    【被告村井本人調書P24〜26】

撮影に協力して久保氏役を演じているのは、久保氏とほぼ
同じ身長174cm、体重76kgを有する篠塚敏郎氏(仮称)。

なお、県警監察官室は、平成11年9月11日、読売新聞の取材に対し「署員らは、フロントガラスのひび割れには気づかなかった」という回答をしている 【平成11年9月11日読売新聞夕刊記事】。民事裁判が始まるや、この県警の見解は一転して「ジープを移動させる際、村井巡査部長は、ジープのフロントガラスにこぶし大のクモの巣状のひび割れを発見した」【平成12年9月1日付答弁書P19】に変る。このような矛盾がなぜ生じたのか、今後、解明されなければならないと考える。


救護義務の有無 その2・C地点(移動先)
C地点に到着してのち、被告・村井巡査部長と青地巡査長は、保土ヶ谷署に車両の移動のみを連絡をし(「駐車苦情事案」として片付けた)、車両の損傷状況も、中にいた久保氏の状況も、保土ヶ谷署に連絡していない。

上記の点について、公判では次のやりとりがあった。

    (裁判官)今のお話だと、簡略にしか報告しなかったというふうにおっしゃいましたけれど、具体的にどういう内容の報告をしたか覚えていますか。
    (青地巡査長)はい、車両を移動させ、結了です。車両を違う場所に移動して、それで事案を結了したということです。
    もう少し詳細にというのは、どう報告すべきだったとあなたは理解していますか。
    行った当時に中に久保さんがいることと、どういうふうに処理した、移動した内容、あとは扱いの詳細です。
    詳細というのは、今おっしゃったように対光反射で検査したとか、久保さんの状況がこうであったとか、そういうことをおっしゃっているんですか。
    はい、その内容を詳しくです。
    【被告青地本人調書P24】

    (裁判長)あなたとしては、当時このジープがどこかで事故を起したという認識はあったのでしょうね。
    (村井巡査部長)はい。
    そうであれば、その損傷状況から見て運転していた方にある程度強い衝撃が加わったというようには全然お考えにならなかったのですか。
    このときは、外部的な傷とかありませんでしたし、苦しんでいる様子とかもなく、寝ているようにしか見えなかったので、そういうことは思いませんでした。
    何回も呼びかけたり瞳孔反射の確認テストをしたりしても目を覚まさないと。しかもジープは相当程度損傷している箇所が何ヶ所もあるという状況ならば、あなたとしても万が一乗っていた方がけがをしているのではないかだとか、何か重大な事故に巻き込まれたのではないかだとか、そういった点について対処しようというようなことは、当時全然お考えにならなかったのですか。
    そのときは、先ほどお話したような状況でしたので、思いませんでした。
    【被告村井本人調書P45】

救護の義務がなかったという点では、両警察官も、神奈川県警も一致した主張となっている。この点について、公判の中で、被告村井巡査部長は次のように述べている。

    (裁判長)いずれにしても、普通考えた場合に、こういう時間帯でしょう。当然家族の人だって、家族がいればどうなっているかと心配している時刻でしょう。だから、あなたの警察官としての職務の内容が一種の地域の安全サービスだということであるとすれば、そこまで連絡を取ってもらうように連絡を取ろうとするのが普通な感じはするんですが。
    そのときは、そこまででもう大丈夫だと思ったんで、しませんでした。
    今の時点で見て、あなたはとしては本来ならばどういう措置を取るのが適切だったとか、そのような反省はありますか。それとも、もう反省すべき点はないということになりますか。
    その当時の状況から、保護についてはしなかったのは自分の判断には間違いはなかったと思います。
    そこまでサービスする必要はないということですか。
    サービスするというより、保護の定義として、泥酔者とも認められなかったし、けがも病気もちょっとその場では明確に分かりませんでしたので、保護しなかったことについては、それはそれで適正な処分だったと思います。
    【被告村井本人調書P46】

事件後、二人は戒告処分を受けているが、この点について、次のように述べている。

    被告神奈川県代理人(金子泰輔)あなたの懲戒理由の中に、この場所での久保さんに対する処理が不適正であったという理由が入っていますか、入っていませんか。
    入っていないと思います。
    【被告村井本人調書P47】

ハザードランプの点滅について、原告側の主張は「緊急信号」であるとし、「緊急事態に直面し、この事態の発生を周囲に知らせ、救護を訴えていた」とするのに対し、神奈川県警は、次のように主張している。

    そもそもハザードランプの点滅は、他の車に対し単に自車が停止していることを示すものに過ぎないものであり、本件ジープがハザードランプを点滅させていたことから、同車内で寝ていると認められる状態であった亡幹郎が「緊急事態」に直面し、あるいは「救護を訴える」状況とは認められなかったものである。【平成14年5月22日県警準備書面(1)P4】

このハザードランプの点滅について、神奈川県警の主張を奇異に思われる方も多いと思う。

国土交通省の「交通総合安全情報サイト」によれば、ハザードランプは「緊急情報」であるとし、前方に渋滞を見つけたら、後続のクルマに非常をいち早く知らせるために、ハザードランプを点滅させ、緊急情報であることを発信します」と指導している。

神奈川県警の交通安全指導サイトによっても、事故・故障によりやむを得ず路肩に停車しなければならない場合には、ハザードランプを点滅させ、後続車への非常事態の合図とするよう、呼びかけている。つまり、ハザードランプの点滅は、停車中でなくてもドライバーが行う行為であり、「非常情報の伝達」の意味が含まれていることは明らかである。

国土交通省の交通総合安全情報サイト(渋滞時のハザードランプ)←クリック
神奈川県警の交通安全指導サイト(高速道路上停車のハザードランプ)←クリック
神奈川県警の交通安全指導サイト(一般道路上での事故・故障の際のハザードランプ)←クリック


3.免許証・車検証

被告村井巡査部長・青地巡査長は、「車内をくまなく」さがしたが、免許証・車検証を発見するに至っていない。

県警の説明では、免許証は、午後1時30分、保土ヶ谷署の駐車場にジープがレッカー移動されたのち、保土ヶ谷署員が車内を「見分」したところ、「ダッシュボード内から車検証を、車内から発見されたジャンパー内から亡幹郎名義の自動車運転免許証を発見した」ことになっている。

(この時までに、救急隊員が車内を点検しているはずだが、免許証・車検証は発見されていないので、病院では身元不明体扱いになっている。正午頃、C地点で保土ヶ谷署が行った実況見分でも、免許証は発見されていない。 なお、筆者はこの「ジャンパー」の実物を見ているが、久保氏がウェスとして使っていたというセーターの古着であり、これから「ジャンパー」を想像することはできない。)

免許証がなければ、免許証不携帯・無免許運転の疑いがあるべきはずのところ、被告村井巡査部長・青地巡査長は、C地点に久保氏を置き去りにしている。本当に、被告村井巡査部長・青地巡査長は、免許証・車検証を発見していないのだろうか?

この点について、公判の中では、次のやりとりがあった。

    (原告側弁護士)免許証を探したとあなたはおっしゃったけれど、どこを探したということですか。
    (被告村井巡査部長)男性のズボンのポケットを上からたたくような感じで探しました。
    ほかには。
    あとは車内を目で確認しました。
    具体的にどこを探したのですか。
    久保さんを中心にして、運転席の周りとかそういう場所です。
    普通探すとき、当然いろんなところを開けたりしますよね。具体的にどこを探しましたか。
    開けたりしたことはありません。
    普通、免許証はどこに置いていますか。
    普通は免許証入れか財布で、ズボンのポケットに入れるか、カバンを携帯している人であればカバンの中に入れると思いました。
    持ち主を探すために、車内のいろんな構造物を開いたりということはしていないんですか。
    ダッシュボードを探そうとしたんですけど、ジープでしたのでダッシュボードが普通の車のある位置になかったので、そこまでは探しませんでした。
    【被告村井本人調書P42】

    (原告側弁護士)先ほど村井さんのお話だとかなり運転免許証をくまなく探しているわけですよね。あなたも村井さんが運転免許証を探しているのはごらんになっているでしょう。
    (被告青地巡査長)ええ、探しているのは分っています。
    着衣の上から、それから車内をくまなく探しても見つからないわけですよね。そうすると無免許運転じゃないんですか。
    ・・・・・・・・。
    あなたは、なぜその場に放置していくわけですか。
    放置はしていません。
    無免許運転の疑いがあるわけでしょう。
    事故ですけれども、ガードレールなどに接触した事故だと思いましたし、そのときには当て逃げや人身事故ですと通報や手配が入りますけれど、そのときは当て逃げ、手配は入っていませんので。
    【被告青地本人調書P15】

被告村井巡査部長は、「ダッシュボードが普通の車の位置になかった」ので、ダッシュボードを開けなかったと証言しているが、この写真にあるように、ダッシュボードは普通の車の位置にある。しかも、本人がB地点からC地点にジープを運転し移動させている。

被告青地巡査長は、「無免許運転の疑いがあるのに、なぜ現場に放置したのか」と聞かれたことに対し、答えに窮して回答を避けている印象は免れない。

公判で明らかになった内容によれば、両警察官に対し行われた神奈川県警の戒告処分の内容は、「詳しい報告を怠った」ということである。両警察官の証言が真実であれば、無免許運転・酒酔い運転の疑いあるドライバーを見逃し現場に放置したことではない。神奈川県警は、自らの主張を両警察官の証言に立脚しながら、この点について、公判の過程でも、マスコミの取材にも、両警察官の取った措置が不適切と述べたことは一度もない。 これまで、触れたことすらない。神奈川県警は、両警察官の証言を真実として主張する、あるいは信用できるものと主張するのであれば、無免許運転・酒酔い運転の疑いあるドライバーを見逃す警察官がいても、何ら咎めだてはしないと公言しているに等しいのである。



4.死因をめぐる争点

久保氏の死因についての原告・被告の主張をまとめると、大要、次のようなものになる。
■原告側の主張
司法解剖が行われなかったので、死因の究明が困難になっている。これは、被告である監察医と県警の責任である。しかしながら、ジープの損傷状況などから、その蓋然性を推定することができる。死因は、フロントガラスに頭部をぶつけたことによる脳挫傷ないし急性硬膜外血腫・急性硬膜下血腫である。もし被告村井・青地の両警察官が救急車を呼ぶ措置をとっていれば、70〜80%の存命率があった。今も自己の行為を正当化し、公然と開き直る被告神奈川県らの良識を疑わざるを得ない。【原告準備書面第4章】

注:脳挫傷とは、頭を強打したことにより頭蓋内で脳が急激に動き、その衝撃で脳に傷がついたり、血管が傷ついて出血するもの。硬膜外血腫は、頭蓋骨と硬膜との間に生じる血腫(血塊)。硬膜下血腫は、硬膜とクモ膜との間に生じる血腫。

◎被告監察医の主張
死因は心筋梗塞である。病死である心筋梗塞と事故との間に直接の因果関係はない。新規の不全を起していて、ぶつかって(その結果、驚愕をして)最後に心筋梗塞を起した可能性がある。【東京地裁尋問調書P35〜36】
 フロントガラスのひび割れは、亡久保が頭部を追突させたためにできたものではない。その理由の第一は、ガラスの外側の表面がザラザラであり、内側が滑らかなので、これはザラザラしている外側に衝撃が加わったことを意味する。理由の第二は、ひび割れの形状から、小石など先端が硬い小さな物が衝突して出来たと推測される。理由の第三は、亡久保の頭部には、何らの打撲痕も見られなかったことにある。 【第6準備書面P5】

◎被告県警の主張
司法解剖は行われており、死体検案書の記載内容は正しく、死因は心筋梗塞である。交通事故と亡久保の死亡に因果関係はない。原告が主張するように、仮に「電柱などの障害物に衝突し、その衝撃の程度が極めて強いもの」であって、亡久保を死に至らしめる事故であったとすれば、事故現場の付近住民らから、「人身事故の発生」を知らせる通報があるべきところ、それがないのだから、人の死につながる程度の事故の発生はなかったと考えられる。本件事故が、亡久保を死に至らせるような事故であるとする客観的事情はない。また、亡久保の顔面・頭部には何ら損傷がなかったので、フロントガラスのひび割れは、亡久保の頭部の衝突によるものではない。【平成15年2月6日付準備書面(3)P2〜3】更に、フロントガラスのひび割れは、当時はこぶし大であり、現在の状況と違うので、フロントガラスのひび割れが頭部の衝突によるものとは直ちに結論できない。また、シートベルトを着用したならば、頭部をフロントガラスにぶつける可能性はない。(最終準備書面までの主張)
以下、問題をひとつひとつ検証する。

1.電信柱への追突
上記のうち、ジープが保土ヶ谷区峰沢町付近の電信柱に追突したことは、現在、原告・被告の間で、争いのない事実となっている。県警は、事件発生から4日後の平成9年7月23日、ジープが追突したとみられる電信柱に警察官を向かわせ、粘着テープを貼り、採取した資料を科捜研の鑑定に付し、ジープの塗料と一致した事実を「資料採取報告書」としてまとめている。これを乙A41号証として裁判所に提出したのは、上記の準備書面(3)から2年以上も経た平成17年6月17日であった。 県警は、なぜ、この「資料採取報告書」を裁判所に提出しなかったのだろうか。今、我々が「資料採取報告書」の存在を知っているのは、裁判所が「全ての関係資料を提出するように」と指示を出しているからである。このような資料なしに、事故の「客観的事情」を推測することは極めて難しい。その可能性を自ら奪っておいて、付近住民から通報がなかったから、たいした事故ではなかったのだろうと言ってのける県警の良識を、筆者も疑わざるを得ない。

2.フロントガラスへの衝撃
フロントガラスのひび割れが、内側からの衝撃によるものか、外側からの衝撃によるものかについて、原告側は自動車工学の専門家・平野純一氏(仮称)の鑑定の結果、「合わせガラスであるフロントガラスの外層ガラスのみが割れていることから、室内からの力によって破損したものと考えられる」としている。

旭硝子のWebページによれば、合わせガラスとは、下記左図のように「2枚の板ガラスの間にポリビニールブチラールを中間膜としてはさみこんだガラス」のことであり、1987年に全ての自動車のフロントガラスに使用が義務付けられ、中間膜とガラスの粘着性のため、「万一、衝突事故で乗員がフロントガラスに頭部を強打しても、中間膜により衝撃を和らげ、頭部損傷を最小限にくいとめる」働きがあるという。

ここで思い出されるのは、物質の圧縮引張応力を調べる、下左図のような3点曲げ試験である。筆者は、建設会社にいたことがあるので、コンクリートを例にとって述べる。Pの力が働くと、Tに引張応力が働き、この引張方向に対し、ある角度をもって、コンクリートの表面にひび割れができる。上記の「外層ガラスのみが割れている」とは、Pの力が働いた結果、ひび割れが生じている層と、ひび割れに至っていない層に分かれている状態であると考えることができる。

3.シートベルト
下記、甲58号証の写真を見れば、シートベルトをしていても(従って、胸部・腹部に損傷がなくても)、 頭部をフロントガラスにぶつけた可能性が大きい。 久保氏が乗っていたジープは、通常の乗用車と比べて、狭い作りになっている。 撮影に協力してハンドルを握っているのは、久保氏とほぼ同じ身長174cm、体重76kgを有する篠塚敏郎氏(仮称)である。

4.顔面と頭部の損傷
被告監察医と県警は、久保氏の顔面・頭部に損傷がなかったことをもって、フロントガラスへの衝突の可能性を指摘している。これに対し、原告側は、亡久保氏は頭髪が薄いのを気にして帽子を着用していたため、頭部外表に損傷がみられなかったのであり、被告の主張は失当であるとしている。(帽子は後日、保土ヶ谷署から遺族に返還されているので、事件の日も着用していたものとみられる。)

なお、顔面に損傷がなかったという県警の主張について、筆者が乙A3号証(横浜市民病院で警察が久保氏の遺体を撮影した「写真撮影報告書」)を見る限り、それは事実に反するように思える。「写真撮影報告書」が裁判所に提出されていない段階で、筆者は遺族から「左唇の傷」について聞いていたが、「写真撮影報告書」には「左唇の傷」が写っている。上記の甲58号証の写真のように、衝突の衝撃で、ハンドルにぶつけたのではあるまいか。

5.フロントガラスのひび割れ
警察は、フロントガラスのひび割れの大きさは、事件当時は「こぶし大」であったとする。これは、村井巡査部長による、下記証言が根拠になっているものと思われる。

    (原告側弁護士)あなたのおっしゃっているのは、こういう状況ではなかったという、違うという趣旨でおっしゃっているのですか。
    (村井巡査部長)そうです。私が見たときには、こぶしぐらいの大きさのひび割れしかありませんでしたので。
    この写真で言うと、クモの巣状の中心点のこぶし状の。
    そうです。
    こぶし状ということは、このガラスで言うと半分ぐらいですか。
    一番中心から大体こぶしぐらいの大きさでしたので。
    端っこまでひびが入っていなかったということですか。
    はい、そうです。
    (裁判長)放射状に割れているという状況は現認していないということですね。
    現認していません。

上記の、ひび割れは「こぶし大」であり、「放射状」に割れている状況はなかった、という主張は、 下の実況見分調書添付8番写真によって明確に否定される。放射状の亀裂は、明らかに、窓枠の上下にまで達している。

実況見分調書8番写真

被告県警・監察医の主張は、フロントガラスのひび割れと頭部損傷による脳内出血の因果関係を、 なるべく認めたくない、考えたくない、と言っているように見える。常識的には、その可能性を疑った上で、 肯定なり否定なりをすべきものであろう。事実、運転手の頭部がフロントガラスに追突する可能性が高いからこそ、 強化ガラスから合わせガラスへの転換が行われ、エアバッグの装着も普及しつつあるのである。 被告側がいかような弁を述べようとも、横浜検察審査会の「不起訴不当の議決」(平成15年1月23日) にある次の文章が、一般的な社会通念を代表しているものと思われる。

    一般人が冷静に判断したならば、被疑者両名は、運転していた被害者が自車のフロントガラスに頭部を強打した可能性を推認すべき客観的状況下にあったと考えられ、被害車両を道路脇へ移動したのみで被害者をそのまま放置したことは、極めて不適切な行為と考えられる。


5.死斑のナゾ

久保氏は、頭部を助手席に埋め、背中をギアボックスに当て、両足を運転席下に入れた逆えびのような姿勢で死亡したため、頭から顔、頚部にかけて死斑による充血で真っ赤であった。そのことは、市民病院で被告斉藤巡査部長が撮影した「写真撮影報告書」(乙A第24号証)が雄弁に物語っている。(ご遺体のため、HPに掲載できません。よって、筆者が確認できた死斑の範囲を、下図に示します。)

(注:死斑とは、血液を送り出すポンプである心臓が停止したため、血液が重力により体の低い方に沈下する現象をいう。色調は通常、紫赤色〜暗紫色を呈する。) [海外サイトにある死斑の例]

ところが、市民病院で直に遺体に接し写真を撮影した斉藤巡査部長も、司法解剖にあたったと主張する伊藤監察医も、「顔面蒼白」と記録に残している。原告側弁護士の会合のなかで、「彼らは遺体を見ているのだろうか?」とまで疑問視された所以である。

この点について、斉藤巡査部長は、証人尋問のなかで、次のように質問に答えている。

    (乙A第24号証を示す)
    (被告側弁護士)5の写真は、遺体の顔を比較的アップで写している写真のようですが、ここにちょっと鼻のあたりに血液の汚れのようなものが見えますが、これは何だと思いますか。
    私は、市民病院において、先生が処置したときの何か液が出ているのではないかなと、そのように当時のあれから記憶しております。
    救急救命措置を施した際の挿管ですとか、そういうようなときに内膜か何か傷つけて出たものではなかろうかと、あなたは思うということですね。
    その当時は思いました。
    顔面ですが、これは蒼白と考えてよろしいんですね。
    ええ、蒼白ということでよろしいです。
    同じ24号証の写真3ですが、これはちょっと遠目に見ると、顔が赤らんで見えますよね。
    少し見えます。これは日焼けとか、そんなような皮膚の色、じゃなかと思われます。
    先ほどの乙A24号証の5では、蒼白というのは、血痕、鬱血とか、溢血とか、あるいは腫脹とか、そういう充血ではないということで、蒼白と理解してよろしいでしょうか。
    その通りです。(P31〜32)

    (裁判官)市民病院に行ったときには、もうその中(注:ジープのこと)の人が亡くなっていたということは、知っていたということですね。
    そのとおりです。
    そうすると、病院に運ばれた遺体に対して、病院側で気管挿管などをするということは考えられないとは思いませんでしたか。
    いや、私は医学の知識がないので、それは分かりません。
    あなたは、遺体、人の亡くなった死体というのを、たくさん見たことがあるということでしたけれども、そうであれば、日焼けしている状態なのか、鬱血している状態なのかということは、見て分かるということではありませんか。
    ええ、分かります。
    本件の幹郎さんの遺体を市民病院で見たときには、あなたはどういうふうに感じましたか。
    これは鬱血等によるものだろうとも思いませんでしたし、頚部等を見て、首を絞められたような状態とか、あるいは手で押えられたというような状態が認められませんでした。
    市民病院に行ったときに、事故の跡がないかということは、注意深く見たということはないですか。
    それは見ました。
    それでも、鬱血ではなく、日焼けだというふうに判断されたんですか。
    いや、日焼けと判断したわけではなくて・・・・。
    鬱血ではないというふうに判断されたということですか。
    鬱血ではないというふうに判断しました。
    ただの自損事故だというような考えで、よく見なかったということはありませんか。
    いえ、そのようなことはありません。


顔面蒼白と書き記されている「検視調書」「死体検案調書」「司法解剖鑑定書」を下に示す。なお、「検視調書」には、フェンダーの凹み等、車両の破損状況が書かれているのに、「フロントガラスのひび割れ」の記載がない。死斑の発現状況は、死亡推定時刻を割り出す重要尺度の一つであり、フロントガラスのひび割れは、久保氏の直接の死因に係わる重要ファクターである。そのように重要な部分で誤認・欠落のある文書に、筆者は、いかなる証拠能力も見出すことができない。

(注:これらの書類はサイズが大きいので、半分ずつスキャナで読み込み、真ん中を境に一つに合成し直した。)

検視調書【乙A35】

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死体検案調書【乙A37】

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司法解剖鑑定書【乙A38】

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司法解剖鑑定書全文はこちら


6.推認される事件の真相

午前11時頃からの救急隊による本人搬送・実況見分の際に発見されなかった免許証が、なぜ後刻、保土ヶ谷署から遺族に返されているのだろうか。
救急隊による本人搬送・実況見分より以前に、免許証が保土ヶ谷署にあったと考える以外に、可能性が有り得ない。
本人を現場に残して免許証のみ保土ヶ谷署にあるということも有り得ない。 よって、久保幹郎氏は、免許証とともに保土ヶ谷署に連行され、そこで死亡していると考えるのが自然である。 (これは原告側弁護士も主張している。→第4章結語参照
よって、HP管理人は強く主張する。神奈川県警は、裁判の帰趨に関係なく、事件の真相を捜査しなければならない。一日捜査が遅れれば、それだけ市民の信頼が失われることを考えなければならない、と。


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