2003年4月25日
横浜地方裁判所第9民事部合議係 御中
原告ら訴訟代理人
弁護士 大野 裕他2名
準備書面
被告伊藤、同斎藤、同神奈川の責任原因について、原告らは、従前の主張を次のとおり整理する。

第1 被告伊藤の責任原因

1.主位的主張

(1)既に主張してきたとおり、被告伊藤による不法行為は、真実は亡久保幹郎の遺体の解剖を行っておらず、よって同人の死因は明らかではないにもかかわらず、「解剖・有、死因・心筋梗塞」と記した死体検案書などを数回にわたり作成したうえ、原告らに対し交付した行為である。医師である被告伊藤は、亡久保幹郎の遺族である原告らの請求に従い、真実の死因を記した死体検案書を作成し交付すべき義務を負っていたにもかかわらず、この義務に反して虚偽の内容を記した死体検案書などを作成・交付し、その結果、原告らに損害を与えたものである。

(2)死体検案書の作成及び交付行為は、鑑定人(刑訴法168条以下)としての職務でもなければ、監察医(死体解剖保存法11条)としての職務でもない。  鑑定人に作成が求められているのは鑑定書であって(刑訴規則29条1項)、死体検案書ではない。また監察医に求められているのは、遺体に犯罪と関係のある異常を認めた時の警察署長への届出であり、遺族に対する死体検案書の発行は、法律・政令・条例のいずれにも、監察医の職務として掲げられていない。  これに対し、被告伊藤は、「監察医がなした検案書の作成行為やその交付行為は、公務員としての監察医が公権力の行使としてなした検案・解剖に内包あるいは包摂された付随作用である」と主張するが、これは誤りである。監察医制度を置く都道府県では、監察医が死者の遺族に対し死体検案書を交付することもあるが、それは死者の遺族の請求があって初めて交付するに至るものであり、監察医による検案・解剖が行われた場合であっても、死亡診断書などが死者を看取った監察医以外の医師により発行される場合もあるのであるから、死体検案書の作成・交付行為が、監察医の職務に「内包あるいは包摂された付随作用」では決してないことは明白である。

(3)すなわち、医師法の規定上明白なとおり、死体検案書を作成することは、医師としての職務なのである。この点につき、医師法19条2項は、「検案をし‐‐‐た医師は‐‐‐検案書‐‐‐の交付の求めがあった場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない」と定めるとともに、同法20条は、「医師は‐‐‐自ら検案をしないで検案書を交付してはならない」と定めている。実際、人が死亡した場合、必ず死亡診断書又は死体検案書が作成・交付されるが、その大部分は監察医ではない医師によって発行されている。  なお、死体検案書は、死亡診断書とともに、「医師が発行する証明書のうちで‐‐‐最も厳粛で重要な書類である。それはこれを発行することによって、その人の法律的権利義務がすべて終始するからである。」(高取健彦東大教授編)『エッセンシャル法医学』)と指摘されており、医師は死因を究明のうえ、これに真実の死因を記載しなければならない(死因が不明な場合は「不詳」と記載しなければならない)ことは言うまでもない。

(4)よって、被告伊藤による上記不法行為は、国家賠償法1条の「公権力の行使」にあたる公務員の「職務」には該当しない。従って、この行為には民法709条が適用され、同被告は同条に基き、原告らに対し損害賠償義務を負う。

2.予備的主張

仮に、被告伊藤による上記不法行為が、国家賠償法1条の「公権力の行使」にあたる公務員の「職務」に関するものと評価されるとしても、その場合には、被告神奈川県が国家賠償法1条に基づき、原告らに対し損害賠償義務を負うことはもちろん、故意による不法行為であるから、被告伊藤個人も損害賠償責任を免れるものではないというべきである。

第2 被告斎藤の責任範囲

  1. 被告斎藤の不法行為は、訴状の請求原因欄に記載したとおり、「被告伊藤と共謀のうえ、虚偽の死体検案書を作成し交付した行為」である。

  2. 本件事件当時(1997年7月19日)、被告斎藤は、保土ヶ谷警察署の刑事課に所属しており、同日の宿直責任者であった。
     同日午前0時15分頃、久保幹郎は、フロントガラスが割れ、前部バンパー両端が曲損し、左前輪がバーストしたジープの中で発見された。このような車両損傷の事実、同ジープが通行量の多い幹線道路の右曲専用車線でハザードを点けた状態で停止していた事実、久保幹郎は揺り動かしても一言も声を発しなかった事実などを総合すれば、臨場した警察官とすれば警職法3条の規定に基き、久保幹郎を救護すべき義務があった。にもかかわらず、同警察署所属の被告村井及び同青地は同ジープを移動させたものの、救急車を呼ぶなどの救護措置を取らず、その結果、久保幹郎は、同日午前11時22分、横浜市立市民病院にて死亡が確認された。

  3. これら一連の経過を知った宿直責任者である被告斎藤は、保土ヶ谷警察署の幹部と協議し、臨場した2名の警察官ら(被告村井・同青地)の違法行為が発覚しないよう考えた。
     そして、久保幹郎の死亡が警察官らの違法な行為によるものではない旨工作せんと考えた被告斎藤は、同日午後2時30分頃、保土ヶ谷警察署から横浜犯罪科学研究所に久保幹郎の遺体とともに赴き、同研究所にて、被告伊藤が久保幹郎の遺体を検案するに先立ち、同被告らに対し、久保幹郎の死因について、「交通事故によるものではないことにして欲しい。」ないし「病死したことにして欲しい。」などと依頼し、被告伊藤は了解した。

  4. そして、被告伊藤は、この共謀に基き、「解剖・有」、「死因・心筋梗塞」と記した虚偽の同日付死体検案書【甲8の3】を作成し、被告斎藤自身も、その場で同死体検案書の欄外に「検視済」などと記載して署名押印した。
     更に、被告斎藤は、鑑定処分許可状の発布を横浜地方裁判所に対し請求するとともに、検視調書【甲17】に「(監察医伊藤順通による)解剖の結果‐‐‐心筋梗塞と認められる」と虚偽の記載をした。
     被告伊藤が久保幹郎の遺体の解剖を行っていないことは、押田鑑定人の鑑定により科学的に疑問の余地は存在しないのであるから、「久保幹郎の遺体の解剖を行い、その結果、死因は心筋梗塞と判明した」旨を書類にそれぞれ記した被告伊藤と同斎藤との間に、前記3の「共謀」があったことは証拠上明白である(なお、解剖をしなければ、心筋梗塞かどうかは絶対に分からない。)。
     同日付の虚偽の死体検案書【甲8の3】の発行者は被告伊藤であるが、その発行は被告斎藤の依頼によるものであり、かつ、被告伊藤がこの死体検案書を発行するためには、被告斎藤の加担が不可欠であった。更に、被告斎藤は同死体検案書に自ら署名押印もしている。よって、この虚偽の死体検案書【甲8の3】の作成及び交付行為は、被告伊藤と同斎藤との「共謀」による共同不法行為である(但し、民法719条1項は、「数人が共同の不法行為に因りて他人に損害を加えたるときは、各自連帯にてその賠償の責に任ず」と定め、同条2項は、「教唆者及び幇助者はこれを共同行為者と看做す」と定めているから、上記「共謀」の事実は、被告伊藤と同斎藤の共同不法行為が成立するための必要条件ではない。仮に「共謀」ないしいわゆる「主観的共同」が存在しなくても、被告斎藤は共同不法行為者としての責任を免れない。

  5. なお、被告伊藤は、上記死体検案書【甲8の3】のほか、それを発行した以降も、虚偽の死体検案書を数回にわたり作成・交付している。これらの虚偽死体検案書には被告斎藤の署名は存在しないが、これらの死体検案書の作成・交付行為は、本件事件当日の上記「共謀」に基き共同作成した虚偽死体検案書【甲8の3】の作成行為と一体の行為(記載内容もほぼ同一)である。

  6. 被告斎藤の不法行為は、公権力の行使にあたる警察官の公務の一貫としてなされたものであるから、被告神奈川県が国家賠償法1条に基づき、原告らに対し損害賠償義務を負うことはもちろん、故意による不法行為であるから、被告斎藤個人も原告らに対する損害賠償義務を免れるものではない。
     なお、「公権力の行使」にあたる公務員が非公務員と共同して不法行為を行った場合、前者には国家賠償法1条が、後者には民法709条がそれぞれ適用されることに争いはないから、被告伊藤の不法行為には民法709条が適用されるとの原告らの主位的主張と被告斎藤に関し国家賠償法1条が適用されるとの原告らの主張の間には、法律上何ら矛盾は存在しない(そして、国家賠償法4条は、「国又は公共団体の損害賠償の責任については、前3条の規定によるの外、民法の規定による」と規定しているから、被告伊藤と同斎藤は、民法719条に基きそれぞれ全部責任を負う。)。
以上


ページのトップへ
ホームに戻る