県警による答弁書
(原告の提訴に対し被告県警が応えたもの)

(平成18年9月13日、警察側関係者実名掲載に切り替え)


■第一 請求の趣旨に対する答弁
■第二 請求の原因に対する答弁
■第三 被告の主張
平成9年7月19日の事実経過
原告の主張に対する反論

答 弁 書

原 告 久保佐紀子 外3名 被 告 神奈川県  外4名

平成12年9月1日

提出元:訴訟代理人弁護士 金子泰輔

被告 神奈川県警警察本部監察官室訟務係

被告神奈川県指定代理人  大澤潤一
同            野田次郎
同            陶山和美
同            稲葉敏幸
同            大嶋和平
同            松橋輝義
同            加藤謙二
同            増田 勝
同            米田富雄
同            福地 浩   
同            日原建男

横浜地方裁判所 第九民事部合議係 御中

第一 請求の趣旨に対する答弁
一 原告らの請求を棄却する
二 訴訟費用は原告らの負担とする
との判決を求める。

なお、仮執行の宣言は相当ではないが、仮に右宣言を付する場合には、担保を条件とする仮執行免税の宣言を求める。

第二 請求の原因に対する答弁
一、一について概ね認める。
    ただし、原告ら摘示の交通事故(甲第二号証、以下「本件交通事故」という)発生当時、被告村井学(以下、「村井巡査部長」という)並びに被告青地隆宏(以下、「青地巡査部長」という)は、神奈川県保土ヶ谷警察署(以下「保土ヶ谷署」という)地域第二課に、被告斎藤清(以下「斎藤巡査部長」という)は、同保土ヶ谷署刑事課にそれぞれ所属していた。

二、二について、
    一行目に「訴外久保幹郎は、次のとおり、交通事故に遭った【甲第二号証】。」とある点は、「訴外久保幹郎は、次のとおり、交通事故を起こした【甲第二号証】。」が正しい。本件交通事故は、訴外久保幹郎氏(以下「亡幹郎」という)が惹起せしめた、車両単独の自過失交通事故である(甲第二号証)。その余は、認める。

三、三について
(一)三の1について、
    一行目に「本件交通事故により、被害者久保幹郎は重傷を負った」とある点は否認する。亡幹郎が、本件交通事故によって重傷を負った事実は無い。  
    その余の点は、同日午前10時58分頃(後記のとおり、これは119番通報がされた日時である)の時点で亡幹郎が運転していた車両に原告摘示の破損等が存在していたことは認めるが、当該破損の全てが本件交通事故を原因として生じたものか否かは不知。

(二)三の2について、
    亡幹郎が、原告摘示の交差点(三ッ沢上町交差点)手前の右折専用車線上に自車を停車させたことは認め、その余は不知。

(三)三の3について、
    平成9年7月19日午前0時11分(原告が摘示する「午前0時15分頃」は右時刻が正しい)、車線上に停車したままの車両を目撃した会社員が、110番通報したことは認め、「対面信号機が青を表示しているにもかかわらず」とする点については不知。

(四)三の4について、
    1 冒頭から五行目(〜被害車両を移動した。)までの部分
      村井巡査部長及び青地巡査長らが乗車する警ら用無線自動車(パトカー、以下「保土ヶ谷2号」という)が本件現場に到着した時刻は、午前0時28分が正しい。
    その余は、認める。
    2 六行目ないし八行目までの部分
     村井巡査部長及び青地巡査長が亡幹郎の家族に連絡しなかったとする点については、右両名が自ら直接亡幹郎の家族に連絡しなかったという趣旨の限りでは認めるが、後に詳述するとおり、青地巡査部長からの連絡を受けた保土ヶ谷署地域幹部の訴外中島警部補(以下「中島警部補」という)が、原告宅に2回架電しているのであるから、これらを全体として見るならば、「連絡しなかった」との主張は事実に反する。
     また、村井巡査部長らが亡幹郎を病院に搬送したり、119番通報する等の救護措置を取らなかったことは認めるが、村井巡査部長らにそのような救護義務はなかったというべきである。

(五)三の5について、概ね認める。
    ただし、119番通報時間は午前10時58分頃が正しい。

(六)三の6について、
    亡幹郎の遺体が「横浜犯罪科学研究所」に搬送されたこと、及び、被告伊藤(以下「伊藤監察医」という)が斎藤巡査部長立ち会いのもと亡幹郎の死体検案を行ったことは認めるが、遺体搬送時刻が「同日午後2時頃」であるとの点、及び、伊藤監察医が亡幹郎の遺体を解剖しなかったとする点は事実に反するので、否認する。  
      亡幹郎の遺体が「横浜犯罪科学研究所」に到着したのは、同日午後5時30分頃であり、同遺体は、伊藤監察医の執刀により解剖に付されている。

(七)三の7について、
    伊藤監察医が、亡幹郎の遺体を解剖していないとする点は否認し、同監察医が平成9年7月19日付「死体検案書」を作成したことは認め、その余は不知。
      なお、右の「死体検案書」の内容に虚偽の記載はない。

四 四について
(一) 四の1について、概ね認める。
    ただし、当時の諸般の状況に鑑みるならば、村井巡査部長らに亡幹郎を病院に搬送する等、原告が主張するような救護義務はなかったというべきである。

(二) 四の2の(1)について
1 冒頭から6行目(警察の重大な〜定めている)までの部分は認める。
2.11頁1行目(しかるに、〜)ないし10行目(〜死亡するに至った。)
  否認ないし争う。
(三)四の2の(2)について、
    被告村井及び同青地が亡幹郎を死に至らしめたとの点は否認し、その余は争う。

(四)四の3について、
    亡幹郎の年齢及び原告らがその相続人であることのみ認め、その余は不知ないし争う。

五 五について、
(一)五の1について、
    伊藤監察医が、「解剖・有、直接死因・心筋梗塞」と記載した、平成9年7月19日付「死体検案書」を作成したことは認め(その他の日付の「死体検案書」の作成は不知)、その余は、否認する。

(二)五の2について、
    1行目、伊藤監察医と斎藤巡査部長が共謀のうえ虚偽の死体検案書を作成したとする点は否認し、主張は争う。
      「死体検案書」の作成権限を有するのは伊藤監察医であり、斎藤巡査部長に同検案書を作成する権限などない。

(三)五の3について、すべて争う。
     原告は、伊藤監察医が亡幹郎の遺体を解剖していないことを前提とし、死体検案書の内容が虚偽であるとして、損害の発生を主張しているところ、亡幹郎の遺体は伊藤監察医の執刀により解剖に付されており、しかも、死体検案書の記載内容は、「解剖・有」との点も「直接死因・心筋梗塞」とする点もいずれも正しい内容のものであるから、原告の主張は前提において誤っており、失当である。  
      なお、念のために付言するに、原告の主張の趣旨は、亡幹郎の死因が「病死」とされたことにより、実際に支払われた生命保険金額と死因が「事故死」とされた場合の生命保険金額の差額を「損害」と主張しているようであるが、仮に、原告の主張を前提とするならば、原告は右差額を生命保険会社に請求すればよいのであって、被告県がその点につき賠償の責を負う謂れは無い。

六 六について、争う。

第三 被告の主張
一 平成9年7月19日の事実経過
(一)村井巡査部長、青地巡査長の取扱い
  1. 平成9年7月19日(以下時刻のみの表記はいずれも7月19日の意味である)、午前0時頃、村井巡査部長、青地巡査長が乗車する「保土ヶ谷2号」は、機動警らのため保土ヶ谷署を出発した。この時、村井巡査部長が運転を担当し、青地巡査長はオペレーター(助手席乗車、無線機の受理等の任務)を担当していた。

  2. 午前0時14分、保土ヶ谷署において、110番の受理並びに事件指揮を行っていた中島警部補は、神奈川県警察本部通信指令課(以下「通信指令課」という)から「三ッ沢上町交差点内にジープが止まっている」との110番無線を傍受した。  右指令を受けた中島警部補は、直ちに、保土ヶ谷区岡沢町82番地先の三ッ沢上町交差点(以下「三ッ沢上町交差点」という)付近を管轄する岡沢交番の勤務員に署活系無線機で、事案処理を指令したが、同交番の勤務員が事件取扱い中であったため、同じく署活系無線機で、管内を機動警ら中であった「保土ヶ谷2号」(青地巡査長が無線を傍受)に対し、「110番通報、三ッ沢上町交差点にジープが駐車している。現場に向い調査せよ。」と指令した。

  3. 午前0時19分、右指令を受けた青地巡査長は、通信指令課に「保土ヶ谷2号」が本件110番を取扱う旨の連絡を入れ、同時に、村井巡査部長は「保土ヶ谷2号」を三ッ沢上町交差点へ向け進行させた。
     「保土ヶ谷2号」は、右無線を傍受した際、環状1号線上(横浜市道)保土ヶ谷区岩間町付近を進行中であったため、環状1号線を天王町方向へ進行し、横浜市西区の浅間下交差点を左折した後、三ッ沢上町交差点に至り、同交差点内に駐車しているジープを発見した。
     この際、「保土ヶ谷2号」は、左折専用車線(第1通行帯)を進行していたために、そのまま三ッ沢上町交差点を左折進行し、一旦国道1号線に入り、岡沢町方向に100メートル進行した後、ユーターンし、三ッ沢上町交差点に至り、午前0時28分に同交差点を新横浜駅方向に左折した後同交差点内で右に大きく転回し、交差点内に駐車しているジープの後方3〜4メートルの位置に、赤色灯を点灯させた状態で停車した。

  4. 三ッ沢上町交差点内に駐車している車両は、黒色幌付のジープで、登録番号は「横浜46ひ4510号」(以下「幌付ジープ」という)であり、ハザードランプを点滅しており、主要市道鶴見三ッ沢線上、新横浜方向から国道1号線岡沢町交差点方向への右折専用車線上で、停止線から約10メートル手前の地点に駐車していた。

  5. 「保土ヶ谷2号」を停車させた村井巡査部長は、「保土ヶ谷2号」の車内から幌付ジープを観察したところ、ハザードランプを点滅し、エンジンはかけたままの状態で、運転手の姿が幌付ジープ内に見えなかったことから、運転手は何か所用があって、交差点に車を駐車させ、車から離れていると判断し、運転手を車に呼び戻すために、「保土ヶ谷2号」の車載マイクで「ジープの運転手は車に戻って下さい」と2〜3回広報し、付近に呼び掛けを行った。
     一方、青地巡査長は、「保土ヶ谷2号」が幌付ジープの後方に到着後、直ちに降車して幌付ジープに近付き、同車の右側に回って、窓越しに車内を見ると、人が前席で横になり寝ているのが見えたので、運転席側のドアーの取っ手を回したところ、ロックされていなかったことから、ドアーを開け、前席で横になっている人が、中年の男性(亡幹郎)であることを確認した。
     そこで、青地巡査長はパトカーに戻り、「保土ヶ谷2号」の拡声器で右広報をしている村井巡査部長に対し、幌付ジープ内に運転手が寝ている旨の報告をした。

  6. 右報告を受けた村井巡査部長は、直ちに降車し、一旦「保土ヶ谷2号」の後方に行き、トランク内から「矢印車両誘導板」を取り出し、「保土ヶ谷2号」の後方に同誘導板を設置し、安全を確保したうえで、青地巡査長と共に幌付ジープの運転席側に赴き、青地巡査長がドアを開け、村井・青地両警察官が車内を確認した。
     同車内には、灰色系のTシャツ、灰色系のズボンを着用した、年齢40歳から50歳位の男性が一人居り、同男性は、頭部を助手席の座席上に乗せ、両足は運転席の座席上に乗せて両膝を立て、仰向けの状態で寝ている様子が一見して見て取れた。
     そこで、村井・青地両警察官が更に右男性の状態を詳細に見分したところ、同男性は、普通に呼吸し寝ている状態であること、着衣に乱れがないこと、頭部をはじめ身体露出部に外傷や出血がないこと、また、靴は左右とも脱ぎ運転席の床にそろえて前方向きに置かれていること、同靴の右横に腕時計が置かれていること、そして、車内から酒のような臭いがしていることを確認した。
     なお、この時、車両前席の床に吐寫物等の異物はなかった。
     右確認を行っている際、青地巡査長が右手で、この男性の左立膝の膝下外側を軽く揺すりながら、「起きて起きて」と数度声を掛けたものの、男性が目を覚まさなかった。
     また、村井・青地両警察官は、続いて幌付ジープの外見を確認したところ、前部左側タイヤがパンクしていること、前部左右のフェンダーが凹損していることが確認された。
     なお、幌付ジープ周辺のガードレールには、同ジープが接触した痕跡はなく、また、本件事案取扱い前数時間内に、いわゆる当て逃げ交通事故等の事件情報は把握していなかった。

  7. 以上の調査結果から、村井・青地両警察官は、幌付ジープ内の男性は、ジープを運転中、飲酒又は仕事の疲れ等から睡魔に襲われ、車両を交差点内に駐車し、寝込んでしまったものと判断し、取り敢えず、ジープを安全な場所に移動することとした。
     そこで、付近の安全な場所を捜したところ、幌付ジープの駐車位置から約30メートル離れた、「ホンダクリオ横浜三ッ沢店」前路上(保土ヶ谷区岡沢町82番地)付近が交通量もほとんどなく、他の交通の妨害になることがないうえ、交通事故を誘発する場所でもなく、安全な場所であると判断し、同所へ幌付ジープを移動することに決定した。
     幌付ジープの移動は、村井巡査部長が行い、運転席で両膝を立てて寝ている男性の両足を少し背もたれ側に移動させ、運転席に乗り込み、ジープを前方に発進させ、三ッ沢上町交差点内を右に大きく回り込み、右「ホンダクリオ横浜三ッ沢店」前路上に移動した。
     なお、ジープを移動させる際、村井巡査部長は、ジープのフロントガラスにこぶし大の蜘蛛の巣状のひび割れを発見した。

  8. 幌付ジープを移動後、青地巡査長が、締まっていた助手席のドアロックを解除し、助手席側のドアを開け、助手席に仰向けに寝ている男性を所携の懐中電灯で観察したところ、頭部、顔面に瘤や陥没等の傷は認められず、苦悶の様子もないこと、着衣の汚れや乱れがないこと、腹部は規則正しく上下に動き、鼻息に呼吸の乱れた様子はなく、普通に呼吸していること、そして、軽い酒臭がしていることを確認した。
     そこで、青地巡査長は、男性の右肩を右手で軽く叩きつつ、「起きて、起きて」と数回繰り返す動作をしたが、その際、男性は、首を僅かに1〜2回左右にゆっくり振り、右腕を上に動かすような仕草をした。
     続いて、村井・青地両警察官は、脳内出血の有無を調べるために「対光反射」の検査(でい酔者と脳内出血者との見分けをするための簡易検査で、瞳孔に懐中電灯の光を瞬間当てると、昏睡状態前の酔っ払いであれば、一秒位で縮瞳するのに対し、脳内出血者の場合は、瞳孔が開いたままで縮瞳しない)を実施することとし、青地巡査長が右手の拇指と示指で、寝ている男性の右目の瞼を開け、左手に持った懐中電灯の光を照射したところ、男性の瞳孔が直ちに収縮することを確認した。
     その際、男性は光に反応してか、顔を左右に振り、懐中電灯の光を遮るように、右手で払いのける仕草を2〜3回行った。
     この様子を見た村井巡査部長は青地巡査長の側を離れ、車両の所有者や運転手を特定できる物はないかと車内を観察したが、運転免許証や車検証の発見に至らなかった。
     青地巡査長は、村井巡査部長と共に行った「対光反射」検査を終了した後、念のため、再度一人で「対光反射」検査を行ったところ、前回同様、瞳孔の縮瞳反応を確認した。
     右の観察結果から、村井・青地両警察官は、幌付ジープ内で寝ている男性は、酒に酔っているものの、酒臭の程度並びに挙動から、いわゆる「でい酔者」ではないこと、外傷がなく、着衣にも乱れがないことから、犯罪の被害の疑いがないこと、平静に呼吸しているほか「対光反射」検査にも反応することから、同人が負傷者ないし急病人ではないと判断し、幌付ジープが三ッ沢上町交差点内に駐車していた原因は、男性が、酒に酔っていづれかの場所で自過失事故を起し、車両が正常に動かなかったため、信号待ちで停車した際に、そこが安全な場所であると誤信し、寝てしまったものと認めた。
     また、今後の措置として、幌付ジープ内で寝ている男性は、でい酔者若しくは負傷者、急病人とは認められず、同ジープも既に安全かつ他の交通の妨害にならない位置に駐車されていることから、同男性に対する差し迫った救護措置の必要性は認められず、このまま車内でしばらく休んでいれば、酒臭の程度からして、比較的短時間のうちに目を覚ますことが、経験上推認でき、目を覚ますと自己の意思で帰宅若しくは車両の移動等の活動ができるものと判断した。
     そこで、村井・青地両警察官は、同車のエンジンを切り、サイドブレーキを掛けた後にドアを閉め、ジープから離れ、「保土ヶ谷2号」に乗車し、現場を離れ、所定の機動警ら活動に移行した。

  9. なお、保土ヶ谷署の中島警部補は、午前0時43分ころ青地巡査長から、署活系無線機で幌付ジープの登録番号の連絡を受け、同署端末装置を使って車両所有者が
     横浜市(住所略) 久保幹郎
    と判明したので、更に、NTT(104番)に対し、当該久保幹郎宅の電話番号照会を行い、回答を得た。
     そこで、午前0時51分、中島警部補は保土ヶ谷署内1階事務室の電話で、原告宅に第1回目の架電を実施したが、コールするものの応答が無く、更に、同53分にも架電したが応答はなかった。

(二) 斎藤巡査部長の取扱い
  1. 午前10時58分頃、「ホンダクリオ横浜三ッ沢店」従業員が、「ホンダクリオ前路上で、車内の男性が泡をふいて倒れている」旨の119番を入れ、同119番から通報を受けた通信指令課は、午前11時9分、保土ヶ谷署に事案への対応を指令した。
     右指令を受けた保土ヶ谷署は警ら用無線自動車を派遣するとともに、当直の刑事課員、交通事故係員らを現場に派遣し、捜査を開始した。
     午前11時2分、救急隊が現場に到着し、車内の亡幹郎を、横浜市岡沢町56番地に所在する、横浜市立市民病院に搬送し、午前11時22分、同院の救急外来に所属する医師・小島玲子(仮称)が亡幹郎の死亡を確認した。

  2. 保土ヶ谷署では、本件事案を変死事件と認定し、当直主任訴外藤山警部補(以下「藤山当直主任」という)、当直員斎藤巡査部長、本件変死事案発生地を管轄する岡沢交番の勤務員である地域第一課訴外井上二政巡査部長(以下、「井上巡査部長」という)ら3名は、横浜市立市民病院へ赴き、午後0時10分から同1時10分までの間、同病院救命措置室において、亡幹郎の遺体の状況を調べるべく、刑事訴訟法229条に基づく「検視」を行った。
     右「検視」終了後、藤山当直主任ら3名は、保土ヶ谷署に帰署し、その後やや遅れて(午後1時45分頃)保土ヶ谷署葬儀社の職員が運転する車両で、亡幹郎の遺体が保土ヶ谷署霊安室に到着した。

  3. 保土ヶ谷署当直員の訴外石井賢之助警部補は、幌付ジープの登録番号から所有者を照会し、その結果を基にNTT(104番)からの回答を得て、午前11時55分頃から原告宅に断続的に3回架電するも応答はなかった。
     そこで、斎藤巡査部長が、保土ヶ谷署備え付けの明細地図により、原告宅前に所在する酒店の電話番号を調査し、午後1時25分ころ同店に架電して、保土ヶ谷署へ連絡する旨亡幹郎の家族に伝えるように依頼した。
     なお、前記のとおり、同日未明に中島警部補によって幌付ジープ所有者及びその住所は一旦判明していたが、その内容の詳細については、「駐車苦情事案」として扱われていたために、その後、当直員には引き継ぎが行われていなかった。
     午後1時30分頃、原告久保佐紀子(以下「原告佐紀子」という)から保土ヶ谷署に返電があり、応対に出た斎藤巡査部長が事情を説明し、亡幹郎の遺体確認のため、原告佐紀子の保土ヶ谷署への出頭を要請した。
     午後3時50分、原告佐紀子が、子息の原告悟を伴い保土ヶ谷署に来署し、遺体と面会し、同遺体が亡幹郎であることを確認した。
     その後、午後4時00分頃から午後7時00分頃までの間、保土ヶ谷署において、当直員訴外坂井重明巡査長が、原告佐紀子から、亡幹郎の生前の行動や病歴等を聴取し、これを供述調書に録取した。
     午後7時過ぎ、右供述調書の作成を終えた原告佐紀子らは、保土ヶ谷署を出た。

  4. なお、幌付ジープは、レッカーにより、午後1時20分頃、保土ヶ谷署裏庭に搬送され、同署員が順次車内を見分したところ、ダッシュボード内から車検証を、車内から発見されたジャンパー内から亡幹郎名義の自動車運転免許証を発見したほか、助手席側の床に吐寫物のついた靴が置かれていることを確認した。

  5. 亡幹郎の遺体は、司法解剖に付されたが、その経過は以下のとおりである。
    @ 午後4時15分頃、斎藤巡査部長が横浜地方検察庁に対し、電話で変死体発見の報告を行い、解剖の必要の有無、司法解剖ないし行政解剖の選択について検事の指揮を求めた。

    A 午後5時00分頃、斎藤巡査部長は、保土ヶ谷署において供述調書作成中の原告佐紀子から、亡幹郎の遺体解剖の承諾を得て、「遺体解剖承諾書」を作成した。
     右「遺体解剖承諾書」を作成後、斎藤巡査部長は井上巡査部長、当直員訴外小巻達也巡査長(以下「小巻巡査長」という)らと共に、車両で保土ヶ谷署を出発し、午後5時30分頃、

     横浜市中区蓬莱町3丁目113番地 
     横浜犯罪科学研究所
    に到着した。
     その頃、北原葬儀社(仮称)の係員の運転する車両で、亡幹郎の遺体も同研究所に搬入された。

    B 午後5時30分過ぎ頃、保土ヶ谷署から斎藤巡査部長の携帯電話に、検事指揮の内容が「司法解剖」である旨の連絡が入った。
     右連絡を受けた斎藤巡査部長は、「鑑定処分許可状」請求のため、小巻巡査長を伴い、横浜犯罪科学研究所を出発し、午後5時50分頃、保土ヶ谷署に帰着した。
     この際、井上巡査部長は、遺体監視のため、同研究所に残った。

    C 午後7時30分頃、「鑑定処分許可状」を請求するに必要な書類作成を終了した斎藤巡査部長、小巻巡査長が横浜犯罪科学研究所に到着した。
     その後、斎藤巡査部長は解剖に立ち会うために同研究所に残り、小巻巡査長は「鑑定処分許可状」請求のため、横浜地方裁判所に向けて同研究所を出発した。

    D この頃、伊藤監察医は同研究所監察室において、斎藤巡査部長及び井上巡査部長を立会人として、解剖を開始した。
     同解剖は、胸腹部を開腹して行われ、午後8時35分頃、解剖は終了した。

    E 午後8時25分頃、「鑑定処分許可状」が、

      横浜地方裁判所
      高野芳久裁判官
    により発付され、小巻巡査長はその旨、保土ヶ谷署の当直に電話連絡した後、同令状を横浜犯罪科学研究所に届けた。

    F 右解剖終了後、伊藤監察医は「死体検案調書」を作成し、同調書に大略

    死亡推定日時 平成9年7月19日 午前3時0分頃
    死亡の原因 心筋梗塞(病死) 非従業中
    死亡前後の状況及び検案所見に対する考察
     本屍はジープを停車させエンジンスイッチを切った状態で倒れ、死亡していたのを発見されたという。検案、解剖の結果、死因は心筋梗塞であり、ジープの前部バンパーの左右が破損していたというが、全身のどこにも損傷異常を認めないところから、心不全を来して蛇行、衝突し、停車して死亡したものと推定される。
    との記載がなされた。

    G 本件解剖が終了した後、井上巡査部長は解剖室の清掃等を行い、同研究所で待機していた北原葬儀社の社員が、遺体に衣類を着せるなどの措置を行い、保土ヶ谷署に向う準備をした。

    H 午後9時40分頃、解剖を終えた遺体は、北原葬儀社の車両に乗せられ、横浜犯罪研究所を出発し、午後10時00分頃、保土ヶ谷署に到着、一旦同署の霊安室に安置された。
     その後、原告佐紀子の要望により、北原葬儀社から原告宅近くに所在する吉川葬儀社(仮称)に引き継がれることとなり、右霊安室において両葬儀社間の引き継ぎが行われ、遺体は吉川葬儀社社の車両で保土ヶ谷署を出発した。

三(注:二の誤りか) 原告の主張に対する反論
(一)村井巡査部長・青地巡査長の取扱いの適法性
  1. 原告らは、亡幹郎が三ッ沢上町交差点内に幌付ジープを駐車し、同車内で同人が寝ていた事案において、110番通報により、これを取扱った村井・青地両警察官の措置に関し、幌付ジープが幹線道路の右折専用車線上に相当時間停車していたこと、同車が大きく損傷していたこと、同車内に吐寫物があったことなどを前提として(訴状11頁)、右警察官らには、警察官職務執行法(以下「警職法」という)第3条第1項所定の救護義務が明白にあったにも拘らず、家族(原告ら)に連絡を取ることも、亡幹郎を病院に搬送しあるいは119番通報するなどの救護義務を懈怠した違法により、亡幹郎を死亡させるに至らしめたと主張する。

  2. ところで、警職法第3条第1項は、「精神錯乱又はでい酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼす虞のある者」(1号)または「迷子、病人、負傷者で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者」(2号)につき、警察官がこれを保護する場合についての規定であるが、警察官がこれを保護しなければならないのは、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」、これに該当することが「明らかであり」、かつ、「応急の救護を要すると信じるに足りる相当な理由のある」場合とされている。
     すなわち、右規定は、同項各号に該当し保護が必要であるか否かの判断を、警察官による一方的主観的な判断に委ねるのではなく、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、一般人であれば誰しもが同項各号に該当する者と認め、しかも、応急の救護の必要性についても、一般人であれば誰しもが応急の救護を要すると信じるに足りる相当な理由があることを要し、そうした社会通念による客観的判断によるべきことを求めていると解するべきである。

  3. これを本件においてみると、亡幹郎の本件取扱い時の状況は、前記第3・一・(一)記載のとおりであり、弱い酒の臭いはしたものの、脱いだ靴を床上に靴を揃えて置き、座席上に仰向けの状態で寝たまま、外傷や出血はもとより着衣の乱れも無く、規則正しい呼吸をしているほか、青地巡査長の呼びかけに対し首を動かし、右腕を上に動かす仕草をしたこと、「対光反射」検査の際に瞳孔が収縮したこと、同検査の際、眩しそうに顔を左右に振り、光を遮るように右手で払いのける仕草をしたこと等の状況から合理的に判断すると、当時の亡幹郎の状態は、そもそも警職法第3条第1項所定の「でい酔者」もしくは「病人、負傷人等」には該当しないというべきであり、また幌付ジープがその後安全な場所に移動されたことも合わせれば、「応急の救護を要すると信じるに足りる相当な理由のある」場合とも認められないというべきである。

  4. 原告は、幌付ジープが「大きく」損傷していたと主張するが、フロントガラスのひび割れの程度も前記のとおり、こぶし大程度であり、こうした幌付ジープの破損状況から、いづれかの場所で自過失交通事故を起こしたことが推認されるとしても、その車両内に、亡幹郎が寝ていたということだけから、警職法第3条第1項所定の保護・救護義務がある場合に該当するということはできないのであって、右事実経過及び被告の主張から明らかなように、本件の場合には、同項所定の「保護・救護措置を取るための要件」は、具備されていなかったというべきである。してみると、村井巡査部長及び青地巡査部長が取った措置に違法はない。
     よって、本件については、そもそも警職法第3条第1項所定の保護・救護要件を具備していないのであるから、村井巡査部長及び青地巡査長に法律上の救護義務はなく、救護義務の懈怠を主張する原告の請求には理由はない。
(二)斎藤巡査部長の取扱いについて
原告は、伊藤監察医が亡幹郎の遺体を解剖していないにも拘らず、伊藤監察医と斎藤巡査部長が共謀のうえ、虚偽の死体検案書を作成したと主張する。
 何を根拠に右主張をするのか、全く判然としないが、前掲の事実経過からすれば、亡幹郎の遺体が、伊藤監察医の執刀により司法解剖に付されたことは、何等の疑いを差し挟む余地のない事実であって、原告の主張は失当である。
 また、斎藤巡査部長が、伊藤監察医と共謀のうえ、虚偽の死体検案書を作成したという主張についても、何等根拠のない主張であるばかりか、そもそも斎藤巡査部長には右検案書を作成する権限はなく、これまた失当である。

(三)村井巡査部長、青地巡査長、斎藤巡査部長の個人責任について
 原告は、神奈川県警察に所属する警察官3名(村井 学、青地隆宏、斎藤 清)を被告としているところ、仮に、亡幹郎及び原告と右警察官(被告)らとの関係において、違法性が存在するとしても、神奈川県の警察官(被告)らの幹郎氏及び原告に対する各行為は、事実経過で明らかなように、いずれも外形上職務行為として行われたことが明らかであり、公権力の行使に該当することから、国家賠償法第1条1項のとおり、地方公共団体である神奈川県が原告に対する損害賠償の責任を直接負担するものであり(最高裁昭和30年4月19日判決民集9巻5号534頁、最高裁昭和53年10月20日判決民集32巻7号1367頁)、神奈川県の警察官個人の被告に対する本訴請求は、それ自体失当である。


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