第8準備書面

【解説】

これまで業務繁多のため未掲載であった資料の補充である。このような主張を目にすると、思わず「解説」ではなく「意見」を言いたくなる。

下記の書面によれば、久保氏のケースに於いて「交通事故死による外因死の可能性はない」のであり、「このような推測は、解剖をしなくとも医学的に可能である」という。そして「解剖の有無や、死因に係らず、交通事故死でないことが明らか」であるという。

「可能性が少ない」のではなく「ない」と言い切るとは、恐れ入ったものだ。解剖をせずとも死因が特定できるなら、では、そもそも、なぜ久保氏は司法解剖に付されたのか?解剖をして、死因を探求するためではなかったのか?この書面の主張を(無意味な?)司法解剖命令を出して国費の無駄遣いをした検事に聞かせてやりたいものだ。

下記にいう「梗塞部位や糖尿病の既往歴等により、何ら苦痛を伴わないまま死に至る事例」は、どう考えても長患いで寝たきりの人の話であって、今現在、糖尿病患者でも何でもない、元気で運転している人が、何の前触れもなく、いきなり失神して電柱に激突するなんてことが、常識で考えてあるはずがない。気分が悪いから、いったん走行を中止し、どこかに停車して様子を見るぐらいはできるはずだ。

「心筋梗塞」でググると、症状として「胸が締め付けられるような痛みを生じる。痛いよりも胸が苦しい、重い感じがするなどと訴えることが多い。通常、狭心症では胸痛の持続期間は数分程度であるが、安静にしていても30分以上胸痛が持続する場合は急性心筋梗塞を強く疑う―Wikipedia」と出る。下記書面の解釈は、常識的にムリがあるのではないか。

それにしても、警察も監察医も、更には横浜地裁も、フロントガラスのひび割れと車両の破損状況からみて、久保氏の体に強い衝撃が加わった可能性が強く推認されるのに、なぜ、ことさらに、その角度からの死因の可能性を否定したがるのだろうか。真剣に考えた上で、否定要因があるならともかく、始めから否定したがっているようである。(つまりは、そこに回答があるということだろう。)

久保氏が帽子を持って車両に乗り込んだことは明らかなのだから、彼が帽子を被った状態でフロントガラスに頭部を激突させていれば、切り傷のような損傷は軽微か無かったとしても不思議はない。現に、二重ガラスの破損は外側にあり、内側にはない。 午前零時前に、猫か人を避けようとして電柱にぶつかり、次第に脳内出血を起こし、午前3時に死亡、午前11時にホンダクリオ前で発見されたとすれば、頭部激突から横浜市民病院での死亡確認まで12時間ぐらいある。こぶが出来ていても、腫れはひいている可能性が高い。

なお、下記書面のうち、「亡久保の頭部や顔面の外表に何らの打撲痕や創傷がなかったことは、亡久保の遺体を引き取った原告らにおいて、当初より知悉していた」とは、確定的に誤りである。「鼻と顎に打ったような痕があった」とは、市民病院で撮影された遺体の写真が警察側から提供されるはるか以前に、原告が筆者らに語っていたことである。写真を手にした筆者は、「これのことか」と思った次第だ。また、吉川葬儀社の吉川社長は、その証人尋問において、「右眉上の額の赤み」を指摘、上述の遺体撮影写真を目の前に置き、自ら指を差して部位を特定しているのである。(この写真は顔を下側から取った写真であり、頭部全体の写真を撮影していないのだから、何ら傷がなかったとは、警察の側も物証をもって証明できないはずだ。)

それから、地裁判決は、「証拠(乙A19、43)によれば、帽子は後部荷台にあったと認められる―判決文P65」としているが、乙A19とは実況見分の際の斎藤巡査部長の備忘録であり、乙A43とは8月4日に警察が後部荷台を撮影した写真だ。備忘録の信憑性をひとまずおくとしても、いずれも7月19日午前零時前の状況ではない。ぶつかった衝撃で帽子が飛んだかもしれないし、本人が外したかもしれないではないか。こんな時間がまるっきりずれているものを証拠と認めるとは、デタラメというよりも、ことさらに可能性を否定しようという作為というべきだろう。(なお、8月4日、後部荷台に突如出現した帽子は、7月19日に他の遺留品とともに遺族に返されていない。保土ヶ谷署にあったものを、誰かが置いたのかもしれない。)

筆・HP管理人


平成12年(ワ)第2704号損害賠償請求事件
原  告  久  保  佐紀子 他3名

被  告  伊  藤  順  通
横浜地方裁判所第9民事部合議係 御中

平成16年1月28日
被告伊藤順通訴訟代理人
弁護士 高田賢造
弁護士 保田真紀子
弁護士 斎藤 榮
第8準備書面

1.平成15年11月28日付原告準備書面(被告伊藤の不法行為と損害との因果関係について)に対する被告伊藤の罪否並びに反論。

(1)原告らが前記準備書面で主張する前提事実には、大きな誤謬がある。
 「久保幹郎の真実の死因は・・・・・交通事故による外因死(硬膜外血腫、脳挫傷、内臓の挫傷、裂傷、破裂等)である蓋然性が極めて高い」(3頁1乃至3行目)とする点である。この前提は明らかな間違いであり、これを前提とした原告の論法は明らかに間違いである。
 法廷に顕出された全証拠により、亡久保幹郎の死亡時の客観的な状況、すなわち、車両の凹損、擦過痕、破損状況等、亡久保の身体の状況、運転車両の走行経路、車両停止時点の周囲の状況、通報者の通報内容、発見時の状況等を総合すれば、むしろ、亡久保幹郎の真実の死因は、交通事故による外因死である可能性はない」というべきである。法廷に顕出された証拠には「死亡」につながる「交通事故」の存在を客観的に推認される事実は何一つない。原告はフロントガラスの蜘蛛の巣状のひび割れを指摘し、亡久保が顔面や頭部を衝突させて出来たとするが、亡久保の頭部顔面や胸腹部に打撲の痕や創傷が全くない。
 頭部や顔面の外表に何らの打撲の痕や創傷がないのに、運転中衝突した衝撃で「久保幹郎の頭部が本件ジープのフロントガラスに叩きつけられた際の外力の作用により、頭蓋骨骨折が生じて動脈を損傷し、硬膜外血腫が発生した蓋然性(平成14年12月13日付原告準備書面3頁12行以下)」が高いなどといえる道理がない。亡久保の頭部や顔面の外表に何らの打撲痕や創傷がなかったことは、亡久保の遺体を引き取った原告らにおいて、当初より知悉していたことである。

(2) 車両運転中に運転者が死亡した場合、自他殺や交通事故ではないとすれば、内因死、それも本件のような場合(法廷に顕出された証拠による車両の凹損、擦過痕、破損等、亡久保の身体の状況、車両の走行経路、停止時点の周囲の状況、通報者の通報内容、発見時の状況等から合理的に推測され事態)においては、心筋梗塞による急性死である蓋然性が極めて高い、というべきである。車両の運転中に心筋梗塞の発作に見舞われる事例は充分に有り得ることである。また、心筋梗塞の発作が常に苦痛を伴うとは限らない。梗塞部位や糖尿病の既往歴等により、何ら苦痛を伴わないまま、心筋梗塞により死に至る事例はまれではない。このような推測は、解剖をしなくとも医学的に可能である。解剖の有無や、死因に係わらず、交通事故死ではないことが明らかな場合であれば、原告の被告に対する損害賠償の主張は因果関係を全く持たないことになる。

(3) 原告らが、平成15年11月28日付原告準備書面5(4頁11行目から末行)において、被告伊藤の不法行為による因果関係論の結論として述べる「被告伊藤は・・・・・被害者久保幹郎が交通事故によって死亡した可能性が高いことを認識しつつ、あえて久保幹郎の遺体の解剖をおこなわないまま、「解剖・有、死因・心筋梗塞(=すなわち、事故死ではなく病死。)などと虚偽の記載をした死体検案書を作成し、原告らに交付した。」違法行為により「原告らは、真実は久保幹郎が交通事故死であった蓋然性が高いにもかかわらず、その証明が困難となり、交通事故による死亡保険金の支給を受けることができなくなったものである。」という理論構成は、因果関係の見地から全く根拠のないものと言わざるを得ない。
 「交通事故死の蓋然性が高い」のではなく「交通事故の可能性はない」ということは、法廷に顕出された全証拠(亡久保幹郎の死亡時の客観的な状況、すなわち、車両の凹損、擦過痕、破損状況等、亡久保の身体の状況、運転車両の走行経路、車両停止時点の周囲の状況、通報者の通報内容、発見時の状況等)から明らかである。そうである以上、解剖の有無や、極論すれば死因の正否なども、原告の請求の原因からみて、被告らに対する損害賠償の請求の成否とは関係のないことであることに帰する、ということを被告伊藤は指摘しているのである。

(4)またこれに加えて、原告の不法行為の主張は、債権損害による不法行為の主張と思われるところ、被告伊藤において、債権の存在の認識、侵害の認識など、債権侵害による不法行為の成立に必要なその他の因果関係論が、原告において何ら主張されていない点も、指摘するところである。


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