一審判決に対する平野意見書(甲88)


平成19年5月10日

意 見 書

1.はじめに
 本意見書は、平成12年(ワ)第2704号 損害賠償事件における、平成18年4月25日判決に関する意見書である。 判決文において、平野鑑定に係わる記述について、誤った判断がされていることに対し意見を述べるものである。

2.判決文における記述
  判決文の64貢、第3 争点に対する判断、2 争点(2)(伊藤らによる不法行為の成否)について、(5)幹郎の死因 において平野鑑定を引用した記述がある。記述の要点を列記すると、

    (1)証拠(甲54、55号)で、幹郎は頭部をフロントガラスに強打したと考えられる。原告らはこの主張に沿い、死因はこの衝突によるものであるとしている。

    (2)しかしながら、証拠(乙3、23、24)により、頭部、胸部、腹部に顕著な外傷はなく、幹郎がフロントガラスに頭部を衝突したことはもとよりハンドル等に胸部または腹部を衝突させたとも到底認められないから、交通事故が幹郎の死因であるということはできない。

とし、幹郎の身体の部分と車室内の部位との衝突そのものがなかった。と結論づけている。

上記論法は、

     @衝突はあったけれども → 顕著な外傷は見られなかった。
      ということでなく、

    A顕著な外傷は見られなかった → だから衝突は無かった。
      というものである。

3.推論について
  科学分野で行われる推論には、A.内挿法とB.外挿法がある。 前者のA.内挿法は、「観察される事実」から、「途中の経緯等」を推定する方法であり、後者B.外挿法は、「観察される事実」から、その延長線上に「起こりうると考えられるもの」を推定する方法である。
 自動車事故を例にとれば、
 前者のA.内挿法は、事故後の最終停止位置や車両の変形状況などから衝突位置や衝突速度を推定することがこれに相当し、後者B.外挿法は、衝突前のスリップ痕などから衝突形態はこの様であったろうと推定することがこれに相当する。

 いずれの方法においても大切なことは「観察される事実」が何であるかをとらえることである。「観察される事実」に合わない「途中経過や起こりうるであろうもの」の推定は、「設定条件」が間違っているか「必要な条件」が考慮されていないと考えなければならない。 「設定条件」により得られる「途中経過や起こりうるであろうもの」によって結果すなわち「観察される事実」を無視したり、歪めてはならない。
「設定条件」により得られる「途中経過や起こりうるであろうもの」によって結果が、「観察される事実」と異なる場合は、「設定条件」の方を考え直さなければいけない。

4.本件での「観察される事実」とその解釈
 本件での「観察される事実」は、
(1)車両の変形等から考えて、自動車は、衝突事故を起こしている。
 これについては、判決文の5頁、第2 事案の概要、1 争いのない事実等、(2)幹郎の死亡に「幹郎は・・・(中略)・‥自損事故を起こし」との記述があり異論のないところである。

(2)次に、フロントガラスの割れである。これに関しては、甲54平野鑑定で示したように、

    @合わせガラスの外側のみが割れていることから、内側からの力すなわち車室内の物体との衝突により破損している事実。

    Aガラスの割れの形状から考えて、ハンマーのような硬い物体でなく且つある程度の大きさを持った物体との衝突による破損であるという事実。

 などが明確に観察されることから考えて、フロントガラスに生じた破損の原因は幹郎の頭部との衝突以外のものは100%考えられないのである。すなわち前述2章の(2)に示した「(2)しかしながら、証拠(乙3、23、24)により、頭部、胸部、腹部に顕著な外傷はなく、幹郎がフロントガラスに頭部を衝突したことはもとよりハンドル等に胸部または、腹部を衝突させたとも到底認められないから、交通事故が、幹郎の死因であるということはできない。」
 との記述は、「フロントガラスの割れ」という「観察される事実」を無視した誤った推論による判断に基づくものと言える。

図1「観察される事実」
 久保幹郎車のフロントガラスの破損状況(旭硝子社製ラミセーフ)(放射状ひび割れはゴムマウント部まで達している。円状のひび割れは直径80mm程度、割れ方の詳細説明は平野鑑定を参照のこと)

5.死因の推定に関する結論
 4章で示したように、判決文の内容となっている

  • 顕著な外傷は見られなかった → だから衝突をなかった。
       という推論は、
  • 延長線上に → フロントガラスの割れは無かった。
    と同じであり、「観察される事実」を無視した誤った判断であると言える。

  幹郎の死因が、フロントガラスと頭部の衝突により生じた脳しんとうなのか、心筋梗塞なのかは、幹郎が解剖されてない以上推定の域を越えないであろう。鑑定人のような工学系の自動車交通事故の専門家から見れば、過去の交通事故事例などから推定するが、最終的に死因を特定することは医学分野から過去の医学的例から推定することによる方法がとられるであろう。いずれにしろ外挿法による推定が用いられる。

 すなわち

    @自動車事故があり幹郎車は衝突した。

    A衝突により幹郎の頭部はフロントガラスに衝突した。

ここまでが、「観察される事実」から明確にわかることである。頭部とフロントガラスの衝突により脳しんとうを起こし、それが死因となるか否かについては、医学分野の専門家の最終判断によることが正しいであろう。

 ちなみに、判決文の65頁下から9行目において、判決文は以下のように記述して いる。
「なお、原告らは、幹郎の頭部に外傷がなかったのは、同人が帽子をかぶっていたためであると指摘するが、証拠(乙A1943)によれば、帽子は車両の後部荷台にあったと認められるから、これを採用することはできない。」
 とわざわざ頭部外傷云々について触れている。もし幹郎がフロントガラスと衝突してないとするならば、まったくこの点について触れる意味は無いことなのである。

以上


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