横浜地裁判決を受け、鑑定人・日大押田教授が作成したDNA鑑定に関する意見書。
■本文
■添付資料■HP管理人による要旨のまとめ
- 押田鑑定人履歴書
- 平成14年3月28日付電話(口頭)聴取報告書
- 平成14年4月4日付電話(口頭)聴取報告書(乙A12)
- 平成14年4月8日付押田鑑定人の裁判所宛FAX
- 鑑定人に対する書面質問事項
- 鑑定人に対する書面質問の回答
- 押田鑑定人著「死人に口あり」
■注意事項
- 以下の本文と添付資料は、提出文をスキャナ/OCRで読み込み、その際に発生する誤字を訂正したものです。
- 鑑定料等の機密情報、住所等の個人情報について伏字をしています。
- 引用文は、押田教授の意見部分との区別をより明瞭にするため、HP管理人の判断で着色を青に変えています。
平成18年(ネ)第2861号 損害賠償訴求控訴事件
第1審原告 久保佐紀子ほか
第1審被告 神奈川県 ほか
平成19年2月5日
東京高等裁判所第4民事部 御中
第1 本書面の目的
第2 本件第1審判決のDNA型鑑定のとらえ方
1.本件第1審判決の押田鑑定についての記載
エ 押田鑑定の信用性 (第1審判決 60−62頁)
前記(1)エ(エ)及び(4)イ(ウ)で認定した事実によれば,本件臓器は,遅くとも伊藤が工藤に対し標本の作製を依頼した平成11年9月よりも相当以前に既にホルマリン液によって固定化され,それ以来現在に至るまで,ホルマリン液に漬けられたまま保管されていることが認められるから,ホルマリン液によるDNAの低分子化が進行していたことを容易に推認することができる。
そして,前記イ(イ)@記載の認定事実によれば,押田鑑定においてさえ,
@本件臓器についてHLADQA1型の判定は不可能であったこと,
APM検査にかかるGYPAローカスにおいて,別紙「DNA型の検査結果」のとおり,本件ブロック標本はA/B型であるのに対し,本件臓器はB/B型であるというように,本件ブロック標本と本件臓器とで異なった結果が出ており,本件臓器については低分子化の影響で,ヘテロ接合体がホモ接合体に見えていた可能性があること(この点,押田鑑定人も,本件臓器は本件ブロック標本よりもホルマリン液の影響を受けている期間が本件ブロック標本より長いためにA型のアリールが検出されなくなったと考えられる旨証言している。),B本件ブロック標本を試料とするHLADQ1型検出紙のCドット及びPM検査用検出紙のSドットが発色していないこと,殊に,CSTRは塩基配列が短いため低分子化した試料にも対処しやすいとされているにもかかわらず,本件臓器及び本件ブロック標本の両方について,STR型の判定は不可能であったことが認められるから,本件臓器及び本件ブロック標本は,共にホルマリン液の影響を受けて,DNA鑑定を行うことが不可能又は著しく困難となるような深刻な低分子化が進んでいたとみるのが相当である(このことは,押田鑑定人が鑑定人尋問において,ホルマリン液で固定された試料はDNA鑑定に適しておらず,鑑定に苦労した旨繰り返し証言していることからも裏付けられる。)。
ところが,押田鑑定においては,PM検査及びHLADQA1型検査が可能であったとして型判定を行っているところ,その鑑定内容について子細に検討すると,@PM検査用の検出紙のSドットないしHLADQ1型の検出紙のCドットの発色を視認できない場合には,型判定すべきでないと定める検出紙の取扱説明書に反し,SドットないしCドットが発色していない場合についてまであえて型判定を行っていること,
A押田鑑定人は,鑑定書を提出する以前,裁判所に対し,ブロック間で異なるDNAが検出されているとの報告を行っていたにもかかわらず,この点に関する説明を鑑定書に記載しておらず,鑑定人質問においても合理的な説明はなく,鑑定書に検出紙の写真が添付されているのは本件ブロック標本18個中で「No.2」を試料としたもののみであるから,検査対象とした別のブロック標本については異なる結果が出ているのに報告していない疑いを払拭しきれないこと,B本件鑑定書添付写真に映っている4枚の検出紙は,前記のとおり,Cドット又はSドットの発色が認められないか,発色が極めて薄いものであるのに,押田鑑定人は,本件鑑定書添付写真につき,分かりやすいものを鑑定書に添付した旨証言し,かつ,肉眼では発色が認められた旨強弁していること等を総合すると,上記押田鑑定の結果は,DNAの低分子化が進行し,DNA鑑定が不可能又は著しく困難となっていた鑑定試料について,無理に型判定を行って鑑定結果を報告した可能性を否定することができないというべきであるから,その鑑定結果を到底採用することはできない。
このように平成14年3月28日と平成14年4月4日付けの「電話(口頭)聴取報告書」に記載されているが,この文書について平成15年11月28日の鑑定証人尋問の際に初めて拝見したのであり、尋問中に短時間提示されただけであった。
その際にも発言しているが,鑑定人(小職)が理解している本件DNA型鑑定の経過と食い違う書類の出現にとまどっており,なぜこのような書類が公判に提出されているのか,理解できないままに尋問に応じていた。
結果的には,この文章は,次のような専門的な分野の電話連絡であるため,大きな誤解を生じていたと推定される。
この文章は,「(妻と3人の息子より)推定された亡久保幹郎氏のDNA型」とブロック標本間で異なるDNAが検出されている という趣旨であり,一つのブロックと他のブロック間で異なるDNAが検出されているということではない。
このことは,平成14年4月8日に三輪書記官宛に小職が出したFAX(末尾に添付)で次のように記載されていることでも明かである。
なお,平成15年12月17目付伊藤順通訴訟代理人弁護士斎藤榮ほかからの,「鑑定人に対する書面質問事項」(末尾に添付)では,
と問われ,平成16年1月30日付け,「鑑定人に対する書面質問の回答」(末尾に添付)で
と記載しており,この事項に関しては一貫して鑑定人が同じ主張をしていることが明らかである。
平成14年3月28日付けの「電話(口頭)聴取報告書」に記載されている
本文上から6行目
という文章も,親子鑑定一般では,「(妻と3人の息子より)推定された亡久保幹郎氏のDNA型」とブロックから異なるDNAが(2種類以上)検出された時点で鑑定を終了するというDNA型親子鑑定の原則について説明しており,ブロック間で異なるDNAが検出された時点で鑑定を終了するということではない。
このことに関しては,「平成16年2月13日 押田鑑定人証言記録 50頁」
と記載されており,明らかに一般的な親子鑑定の原則を説明している。
平成14年4月4目付電話聴取報告書を示す
この2行目に,ブロック間で異なるDNAが検出されたこともと書いてあります。
それについてはいまだ確認できておりませんがと書いてあります。よく読んでいただきたい。
あなたの裁判所に対する発信として,平成12(ワ)第2704号事件の鑑定の進捗状況について先日報告しましたし,ブロック間で異なるDNAが検出されたことも鑑定の当初提出者に確認した「同一人のものか」ということについていまだ確認ができていませんが・・・。
これは私が作った文書じゃありませんので,一言一句正確かどうかは分かりかねますんで.そういう報告をしたという電話をかけたことはあるでしょう。私は覚えておりませんけれども,そういう記録があるということであって,私が書いたファクスは全部一言一句チェックしておりますので趣旨は正確だと思いますけれども,それはそういうふうに書記官が受けたというだけであって、その一言一句正確かと言われると,ちょっと私も判断しかねます。
先ほどの平成14年4月4日の裁判所とあなたの電話のやり取りの中で,あなたはブロック間で異なるDNAが出ていますということを裁判所に話したことがありますが,どうですか。
記憶にありません。
一方,「平成16年2月13日 押田鑑定人証言記録 33頁」には,
書記官はいろんな事柄を記録するプロなんで,そんなに根拠のないことは書かない。人間ですから若干の誤記とかはあるかもしれませんが。
いや、これは結構長い電話をしたと思います。ここに書いてるような一、二分で終わるような話ではなかったと思います。
「書記官はいろんな事柄を記録するプロなんで,そんなに根拠のないことは書かない。人間ですから若干の誤記とかはあるかもしれませんが。」と被告弁護人が発言しているが,実際に小生が証言した「平成15年11月28日 押田鑑定人証言記録」には明かな誤りが存在することも事実である。
このような誤解を招きやすい「電話(口頭)聴取報告書」の記載」の危険性に関して今回ほど身にしみたことがないのも事実である。今回の民事事件ではもちろん,刑事事件では警察関係者の「電話聴取記録」に日常的に接しているが、過去約40年間にわたり法医学者としてベテランの域に入っている日本法医学会前関東代表理事である小職が初めて経験した怖さである。
このように見てくると、第1審判決のこの字句を看過できないことは明らかであろう。
3.本件鑑定書添付写真の検出紙の発色について
本件第1審判決では,本件鑑定書添付写真の検出紙の発色について,次のごとく記載している。
等を総合すると,上記押田鑑定の結果は,DNAの低分子化が進行し,DNA鑑定が不可能又は著しく困難となっていた鑑定試料について.無理に型判定を行って鑑定結果を報告した可能性を否定することができないというべきであるから、その鑑定結果を到底採用することはできない。
ところが、同じ本件第1審判決の中で,
と矛盾した記載となっており,発色していないのか,発色が極めて薄いものであるのかはっきりしない。
Cドット又はSドットが肉眼で見て発色していない場合には判定不能となり,発色が極めて薄いものである場合には判定が可能になり,この両者には大きな差があることは,明らかであろう。
この件に関しては,2回にわたる鑑定人証言が終了した後に発行した,単行本「死人に口あり(押田茂實著,実業之日本社,平成16年11月19日発行,70-72頁(コピーを末尾に添付)」に小職は次のように記載している。
4.今後のDNA鑑定について
本件DNA鑑定を引き受けた平成13年当時のレベルでは,本件事件当時の平成9年頃のフォルマリン固定臓器でも十分STR型の判定はできたのであり(予備実験で確認されていた),4人の血液型のDNA型検査と併せて約××万円(予測では3カ月で鑑定書提出)と予測されていたのに,本件第1審判決(50−51貢)記載のごとく,約2年経過したのである。その大きな要因は,通常のフォルマリン固定臓器・ブロックの作成方法と異なる要因があるのではないかと何回も裁判所を通して問い合わせたが,詳細が明らかになっていない。
このため,鑑定書記載の結果に至っており,殊に平成14年末より試薬の入手困難(現在PM型とHLADQ1型の検査用試薬は製造中止となっている)となり,現時点ではPM型とHLADQ1型の同様な検査は不可能となっている。
本件鑑定書を提出後,フォルマリン固定臓器・ブロックの鑑定依頼が他施設より多数来たため,この分野の研究の必要性が高まり,DNA増幅法などの改良と新しいSTR分析法に関して研究を進め,格段の進歩した状況にある(しかしながら,現実にはこのようなフォルマリン固定臓器・ブロックの鑑定などを依頼される先端的な研究施設はかなり限定されている)。
と誤って判断されることはないと思考される。
第3 まとめ
「ブロック間で異なるDNAが検出された」は裁判所書記官の誤認による記載であり,「(妻と3人の息子より)推定された亡久保幹郎氏のDNA型とブロック標本間で異なるDNA型が検出された」が正しく,「異なるDNAが検出された時点で鑑定を終了する」も裁判所書記官の誤認による記載であり,「(妻と3人の息子より)推定された亡久保幹郎氏のDNA型とブロックから異なるDNA型が(2種類以上)検出された時点で鑑定を終了する」が正しい。これらの誤った記載に基づき、「検査対象とした別のブロック標本については異なる結果が出ているのに報告していない疑いを払拭しきれない」とした1審判決は明らかな誤りである。
PM検査用の検出紙のSドット及びHLADQAl型の検出紙のCドットが肉眼で見て発色していない場合には判定不能となり,発色が極めて薄いものである場合には判定が可能になり,この両者には大きな差があることは明らかであろう。平成15年11月28日の鑑定人証言記録の末尾に綴じられているカラー写真を見れば一目燦然であり,「DNA鑑定が不可能又は著しく困難となっていた鑑定試料について,無理に型判定を行って鑑定結果を報告した可能性」が無いことは当然である。
フォルマリン固定臓誰・ブロックのDNA型鑑定については,少なくとも平成13〜15年当時の状況とは大きく異なっており,新しいDNA型鑑定法で解析すれば,明瞭な結果が提供できることは明らかであり,裁判所の要請があれば格段に進歩したDNA型検出法による再鑑定を施行することは可能である。
客観的・医学的な事実を無視した本件第1審判決に接したことは甚だ心外であり,裁判関係者がDNA鑑定について正確な知識に基づき,このような誤りを早急に訂正することを心より要望する。
押田意見書の要旨:次の各点に集約される。
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