平成15年12月1日

11月28日・鑑定人尋問リポート
HP管理人・萩野谷敏明

 押田鑑定人尋問が、保土ヶ谷裁判のなかで一つの節目となることは、言うまでもない。結果から述べれば、 この節目は次回2月13日1時半から開かれる第2回鑑定人尋問とまたぐことになった。

 なぜなら、押田鑑定人が持参したコピーの提示を被告県警側代理人・金子弁護士が拒否し、提示をするなら証拠として提出せよ、そして証拠として提出するなら県警側も考える時間を必要とするから、尋問をもういちどやれと要求したからである。

 なんのことはない、押田鑑定人が持参したコピーとは、鑑定書付属写真と同じネガを使い、明度を変えて印画したものであり、SドットとCドットの発色がはっきりと写っているものだった。

 要するに、神奈川県警が平成15年6月2日「意見書」のなかで「専門的見地から、本件鑑定書には重大な欠陥が存在し」「DNA鑑定としての信用性を揺るがす極めて賢著な不備が認められ」るなどと指摘していた、SドットとCドットの発色が見られないという部分は、単に印画とカラーコピーの過程で薄くなり、消えているように見えたというだけなのである。

 筆者は従前から、こんなマニュアルを読み齧ったぐらいの知識で、日本のDNA鑑定の第一人者と謳われる押田鑑定人に立ち向かうとは、県警の連中はいい度胸をしていると思っていたが、これほど馬鹿げた理由で文句を付けていたとは、思いもよらなかった。たいそうな批判をする前に、発色の状態について確認の問合せをするなどしておけば、これほどのぶざまは晒さずに済んだのだ。 只々、あきれ返るばかりである。

 果たして押田鑑定人も「科学者として、踏まなければならない手続きというものがある」としたうえで、「発色が『見られない』というならともかく、『ない』というのはどういうことか」として、極めて初歩的な部分での指摘があったことに不快の念をあらわにしていた。

 ところで、常識的には、その場でコピーの提示があれば、SドットとCドットの問題は即解決と思われたが、裁判とはそういうものではないらしい。このコピーはDNA鑑定書に付属した補充資料ということになり、県警にもいったん持ちかえって検討の時間を与える必要が生じたのである。よって、日程の調整があり、再度の鑑定人尋問が行われることになった。  

 上記の手続きを要したため、この日の尋問は主に、原告側今村弁護士によるものとなった。そして、押田鑑定人の証言は、被告側の指摘事項の幾つかに答えるものであるとともに、今後の裁判の行方に重大な影響を及ぼすものとなった。以下、筆者のメモから拾って述べる。  

  1. 裁判所から受け取った臓器が、久保幹郎氏のものではないと判断される理由
    押田証言:親子鑑定の場合、遺伝子に突然変異がおきる可能性があるので、普通は因子が一つ違うだけでは「親子ではない」と判定しない。2つ違えば「親子ではない」といえる。今回は、3つの因子で異なるので、「親子ではない」と判定できる。

    DNA型の検査結果 (-----* : 型判定できなかった。)
     ローカス
    ブロック
    (No.2.4.5.
    6.8)
    臓器
    (No.2.4.5.
    6.18)
    久保
    佐紀子氏
    幹彦氏
    (仮称)
    幹之氏
    (仮称)
    幹也氏
    (仮称)
    父として
    持つべき
    アリール
    PM・LDLR
    B/B
    B/B
    B/B
    A/B
    B/B
    A/B
    A,B
    PM・GYPA
    A/B
    B/B
    A/A
    A/B
    A/B
    A/B
    PM・HBGG
    A/B
    A/B
    A/B
    B/B
    B/B
    A/B
    PM・D7S8
    A/B
    A/B
    B/B
    A/B
    A/B
    A/B
    PM・GC
    A/C
    A/C
    A/A
    A/C
    A/B
    A/C
    B,C
    HLA DQA1
    2/2
    -----*
    1.1/1.2
    1.2/4.1
    1.2/4.1
    1.2/4.1
    4.1
    親子関係と矛盾する3つの因子(DNA鑑定書から)
    • PM型でLDLRローカスはB/B型であり、A因子は検出されなかった。
    • PM型でGCローカスはA/C型であり、B因子は検出されなかった。
    • ブロック標本から判定できたHLA DQA1型は2/2型であり、4.1の因子は検出されなかった。
     
  2. PCR-STRの判定不可
    STR5種ローカスについて、予備実験では容易に判定が可能であったのに、裁判所から受け取ったブロック標本・ホルマリン固定臓器とも、定法を用いても、改良DNA抽出法を用いても判定が不可であった。なぜ、このような異状値がでるかについては、ホルマリンの濃度、固定期間などについて詳しい保存来歴を知る必要がある。しかし、今もって納得できる説明を受けていない。
    STR:Short Tandem Repeatとは、主に犯罪捜査で使われる短い反復配列ローカスのこと。時間の経過や化学反応で細胞が壊れている場合、長い反復配列ではDNAが抽出されにくく、遺伝子タイピングが難しいので、短い反復配列が使われる。筆者が米国のサイトで散見した限りでは、14年前のタバコの吸殻からでもSTR判定に成功している例があり、48人殺しで有名なグリーン・リバー事件のG.リッジウェイ被告も、1987年に自宅のシーツから採取された唾液によるSTRが、2001年に至って3つの遺体に残された犯人のSTRと一致したために検挙に至っている。このように、文献で目にするSTR判定が可能な試料の経過年数は10年〜15年というものである。一方、久保氏の死亡年は平成9年であり、予備実験との間は5年に満たない。)

  3. 地検事務官が横浜犯罪研究所で撮影したビニル袋入り「久保幹郎氏の臓器」
    押田証言:バケツのようなものでホルマリン固定したものをビニル袋に入れることはある。しかし、袋に入った臓器の大きさとホルマリンの量から見て、これでホルマリン固定が充分にされるとは思えない。

  4. GYPAローカスが、ブロックでA/B、ホルマリン固定臓器でB/Bとあり、複数人の臓器混在が疑われる点(県警は、これについて説明がないのを問題であるとして指摘していた)。
    押田証言:ホルマリン固定臓器の方では、ホルマリンに漬けられている時間が長いので細胞がどんどん壊れており、それでこのような違いが生じたものと思われる。

  5. 鑑定の経過と長期時間を必要とした理由
    押田証言:普通、親子鑑定の所要期間は3ヶ月。しかし、平成13年9月までブロックが提出されずに鑑定着手ができなかった。更に、STRが出ないなど鑑定が難航。改良抽出法で、ようやくPMDQA1型判定に目処が立った平成14年2月22日に、家族から血液を採取した。その後、補充検査の必要が生じ、裁判で争点論争もあったので鑑定作業が半年ほどストップ。 更に平成14年秋、警察がPMDQA1型判定検査キット製造中止に伴い、この商品を買い占めた。やむなく大学の友人からキットを譲り受けてDNA鑑定作業を進めた。

  6. 番号をふっていない他のブロック・ホルマリン固定臓器の検査をやらなかった理由
    押田証言:一般にDNAが出易い心臓・肝臓を優先して行う。その結果、3つのファクターで型が異なるとの結果が出た。鑑定としては既に一致・不一致の結論が出たので、多額の費用を要する他の臓器片の検査をやるのは無駄であるとして行わなかった。

  7. 写真15で長男・三男のGCローカスに極めて薄いB型の発色があり、このように3つの発色があるというのは、DNA検出操作に問題があったとする県警側の批判。
    押田証言:呆れ果てた。Sより色が強いものが陽性と言っておきながら、これよりはるかに薄いものをなぜ問題にするのか。分裂しているとしか言いようがない。Sよりはるかに薄い物は判定しない。

 なお、伊藤監察医側の代理人・斎藤弁護士からも幾つか尋問があったが、押田鑑定人との間で怒号に近い押し問答があり、筆者のメモもつい止まってしまい、その内容をよく覚えていない。

覚えている範囲では、次のような会話があった。

  • 被告代理人「あなたは、伊藤が持っている臓器が、亡幹郎のものかどうかの鑑定をやればよい。なぜ、親子ではないなどという鑑定をするのか。」
  • 押田鑑定人「言っていることの趣旨が不明だ。鑑定にもいろいろのやり方がある。本人鑑定ができるだけの証拠材料はない。だいたい、持っている証拠物を全部出さないから困難な鑑定になった。裁判所から受け取った臓器は久保氏のものではない。伊藤さんは今でも久保氏の臓器を持っているのか。」
  • 被告代理人「無理やりに亡幹郎とはDNA型が違うという結論を出した。」
  • 押田鑑定人「無理やり結論を出したのではない。科学的に検査をして結論を出した。」

 反対尋問を含む詳しい内容は、後刻掲載を予定している尋問スクリプト全文に譲りたいと思う。

次回鑑定人尋問:2月13日(金)1時30分から4時00分

以上


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