甲54号・平野鑑定書
(車両の破損状況と乗員傷害の関係についての考察)

交通事故鑑定人・平野純一氏(仮称)による、交通事故再現の全文。くもの巣状のひび割れについて、鑑定書は、次のように結論づけている。

関連サイト
甲55号・平野意見書(県警による反論に対する再反論)


鑑 定 書

久保幹郎所有(平成9年事故当時)の車両の破損状況と乗員傷害の関係についての考察

平成17年10月21日

鑑定人住所(省略)
平野純一(仮称)

目  次

  1. 本鑑定書の目的
  2. 観察日と場所
  3. 破損状況
  4. 考察
  5. まとめ
  6. 参考にした裁判資料
  7. 参考文献
  8. 鑑定人経歴(省略)


1.本鑑定書の目的
 本鑑定書は、久保幹郎所有(平成9年事故当時)の車両、(三菱自動革製ジープS−J53型、以下ジープ)について、保存してあるジープの破損状況を観察し、自動車安全工学の研究に携わる者の立場から、その破損状況と乗員傷害の関係について考察を行ったものである。

2.観察日と場所
観察は2回実施した。観察日と観察場所は以下のとおりである。
    観察日時    1回目 平成17年9月26日 10:20−11:30
            2回目 平成17年10月6日 10:15−12:00
    観察場所:久保佐紀子宅のジープ保存場所
    
 保存状況を図1に示す。ジープは雨がかからない場所にビニールシートをかけて保存さ れており、事件後8年を経た現在、比較的良好な状態で保存されていると言える。 ジープは、平成4年度の初年度登録のもので、車両諸元は以下のものである。
    全長 345cm、全幅166cm、全高191cm、車両重量1360kg

(1)左前部
(2)左前部および左側面
(3)フロントガラス


3. 破損状況
図1に示すように、ジープは、(1)右前部、(2)左前部および左側面、(3)フロントガラスを破損している。
観察した車両の破損状況の詳細を以下に説明する。

3.1 右前部の破損状況
(1)
ジープの右前部の破損状況を図2、図3に示す。バンパー、フェンダー、ボンネッ ト前部右側面が変形している。
(2)
バンパーは、厚さ3.5mmのC型鋼板である(一般的乗用車は1.5mm程度)。車両先端より約140mmフレームの付け根部分より変形している。
(3)
フェンダーは、厚さ1.5mmの鋼板である(一般的乗用車は0.9mm程度)。 車両先端より約280−340mm平らで斜め(およそ15度)に変形している。フェンダーの右前端には圧縮による破壊は生じていない(図3)。変形表面には擦過痕は見られない(図4)。
(4)
タイヤの変形に伴う前輪のショックアブソーバの付け根ホイールハウス部に移動跡および変形が見られる。左ホイールハウス内の同部位には、変形は見られない。(図5)

3.2 左全部の破損状況
    (1)左前部の破損状況を図6、図7に示す。(図6、図7は乙−A第4号証より)
    (2)フェンダーが折れ曲がっているがつぶされていない。
    (3)左前輪がバースト状のパンク
    (4)左後輪付近擦過痕

3.3 フロントガラスの破損状況
(1)
フロントガラスの破損状況を図8に示す。ジープのフロントガラスは旭硝子社製のラ ミセーフと呼ばれる合わせ硝子である。形状から見ると平面ガラスである(一般的乗用車に使われているものは曲面ガラスである)。外層・内層の間に中間膜であるラミネート層をはさんだ構造である。ガラス層の厚さは外層、内層とも2.5mm、ラミネート層の厚さは0.76mmである。
(2)
図8からわかるように、ひび割れは、放射状のひび割れと円状のひび割れがある。放射状のひび割れは、すべてフロントガラスゴムマウント部まで達している。円状のひび割れは、直径約80mmの大きさである。
(3)
図9は、破損中心部を室外から室内に向け拡大し写したものである。 図10は、逆方向の室内から室外を写したものである。 写真からわかるように、破損部のガラスは、ひび割れはあるが、透明状態が保たれて、また油脂等の付着は見られず、透明度が高い。
(4)
放射状のひび割れも円状のひび割れも、目視や手による触診ではキズの有無が明確で はないが、図11に示すように鋭利なカッターナイフの刃で触ると室外側のみ引っかかり 外層ガラスのみ割れていることがわかる。 これはカッターナイフの刃がわずかなすき間でも入っていくためにキズの有無が明確にわかるためである。
(5)
図12は、フロントガラスを室外から室内に向かい斜め前方より観察したものである。 いずれのひび割れも4本の線が観察される。図13は、同様に室内から室外へ斜め後方より観察したものである。 ひび割れは2本の線として観察される。図14は、上記の状況の説明である。 室外から観察した場合、ガラスの特性である全反射により、1つのひび割れに対し、4本の線が見える。 一方室内からの観察では、全反射による線はないため、2本のみの観察になる。−  このことは、外層ガラスのみが割れていることの証左でもある。

図14 ひび割れの見え方
外層ガラスのみにひび割れを生じている。このため室外からの観察では@Aのひび割れの実像と、内層ガラスに全反射しているBCの反射像の4本が見えるのに対し、室内からの観察であると@Aのひび割れの実像のみが観察できる。


4. 考察  3章で述べた破損状況から破損を生じた原因およびそこから類推される乗員の傷害につ いて考察する。

4.1 右前部の破損に対する考察
(1)
右フェンダーは平らで斜めに(およそ15度)変形している。衝突対象は変形形状にその形を残す。特に折れ曲がり部分は明確にその形状が現れる。右フェンダーの変形から見て、衝突対象は電柱のような円柱なものではなく平らな面を持ったものと考えられる。例えば塀の端部のようなものが考えられる。
(2)
図15は、上記変形を生じる対象物の形状、衝突の位置、衝突の方向の推定を行った 結果である。フェンダー変形面に擦過痕が見られないことは、衝突方向が変形面へほぼ垂 直であったと考えられ、またボンネットには側面部に一部変形が見られるだけで上面には 何ら傷が見られないことなどから、図15の(ウ)に示す、右前部を斜め方向に進行させて 衝突したものと考えられる。
(3)
フェンダーの変形およびボンネット側面部に見られる変形から考えて衝突対象はトラ ックの荷台のようなものは考えられない。
(4)
図16は、右前部が右斜め方向に進行する状態について説明したものである。 図中(B)の右旋回中であったと考えるのが自然である。
(5)
すなわち図17、図18に示す形態であったと考えられる。衝突によりジープは衝突 方向と反対に右斜め前方より運転席方向に力を受ける。
(6)
右フェンダーの変形と同時に、右タイヤはフェンダー変形位置まで変形する。 図18に示すように、車両先端より前輪軸までは525mm、タイヤ半径が368mmであるから、右タイヤは約145 mm以上変形していると考えられる。タイヤの変形に伴い、右前軸が移動し、3.1章の(4)に示したホイルハウス内の変形が生じたものと考えられる。この部分は、前輪を支える強度の高い部位であるので大きな力が加わって変形したと言える。
(7)
交通事故の解析において自動車の衝突速度は、バリア衝突実験から得られた車両変形 を生じさせるエネルギー量等のデータ用いて算出する(参考文献1,2,3)。しかしながら本ジープに相当する自動車の変形のエネルギ吸収特性のデータは得られていないため得られているデータのうち比較的近いと考えられるオフロード車のデータを使って衝突速度を計算した。 図19に計算結果を示す。オフロード車のデータを用いた計算では、右前部の衝突速度は21km/hが得られた。ジープのフェンダー・バンパーは、計算に用いたオフロード車に比べると使用されている鉄板の厚さが倍以上あり(3.1章(2)(3)に記述)剛性の非常に高いものであること、また現在の乗用車は前部が吸収構造になっているため変形が多めに出ること(同じ変形量でもジープの方が多くのエネルギーを要し衝突速度としては高くなる)を考慮すると、ジープの衝突速度は計算結果より高いものと考えられる。従って衝突速度は、概ね25〜30km/hの衝突であったと考えられる。  なお、上記速度は、塀端部等のように強固な対象物に衝突していると考えられるので、 図19下の[注]に説明した「バリア換算速度」(衝突速度に対すると傷害や破損の検討に 用いる)にほぼ等しいと考えて良い。

図15 右前部の破損を生じさせる対象物と衝突位置、衝突方向の推定
(ア)衝突対象物の形状が変形面の形をしている場合

一般的にこのような形状のものが一般道路にあるとは考えにくい。

(イ)塀端部等にまっすぐの方向に運動して衝突する場合

フェンダーは斜めに変形。衝突力は→の様に作用する。車の重心から離れた位置を通るため右回りのモーメントは大きく回転を起こす。通常この時接触面擦過痕を残すが本件では観察されない。また衝突後の前のめりの運動を考えるとボンネット右側面の破損を起こすとは考えられず、破損状況から考えて不自然な衝突形態である。なお、この場合、運転者は慣性力でほぼ真っ直ぐ前方に前進し運転席前のフロントガラスに頭部を衝突するので、この点からも破損状況と一致しないため不自然である。

(ウ)塀端部等に斜め方向に連動して衝突する場合

フェンダーは斜めに変形。衝突力は→の様に作用する。車の重心近くを通るため右回りのモーメントは小さく僅かの回転しかおこさない。変形はそのまま斜め方向に進行するので、接触面に擦過痕が生じにくく、衝突後右斜め前方に前のめりの運動をするので、ボンネット右側面にあたり破損を起こす。これらのことからこの状況がもっとも自然な状況と考えられる。なお、この場合、運転者は慣性力で右斜め前方に前進し運転席より右寄りの位置のフロントガラスに頭部を衝突するので、フロントガラスの破損位置と合致する。この点からも、もっとも自然な衝突形態と考えられる。

フェンダーの変形形状から上図の(ア)(イ)(ウ)の3つの状態が考えられるが、(ウ)の塀端部等への斜めに衝突する状態が最も自然と言える。

図16 右前部が右斜め前方に進行する状態の考察
低速走行で旋回した場合、旋回中心は後車軸線上にある。
ジープの右前部が75°の方向に運動するための旋回半径は上記で求められる。
速度が速い場合、旋回中心軸は前方に移動する(車両の特性により異なる)。
本件の25〜30km/hでは移動量は少ないと考えられるので、7〜8mの旋回半径で75°になるものと考えられる。
(A)斜め前方のスリップ  (B)右旋回中
(右旋回中、右前部は車両前後軸に対し右前方へ運動する)

(事件当日の路面は乾燥状態であること、走行速度が高くないと考えられることから(B)の右旋回中に衝突したと考えるのが自然である。)

図17 衝突の状況と衝突の方向 図18 衝突対象物とタイヤの変形状況

図19オフロード車の前部変形エネルギ吸収特性を用いた衝突速度の計算結果

[事故解析ソフトTANEDAS40を使用して、変形エネルギと衝突速度を計算した]
[前面のエネルギ吸収特性はオフロード車のデータを使用]

[注]バリア換算速度

 交通事故の衝突の状況を検討するとき、例えば「40km/hで相手の車に衝突した」 と言っても相手車の衝突時の速度や向き、衝突部位によって車両の破損も乗員の被害も 異なる。衝突対象の状況による影響を排除するために、変形を起こさせるエネルギ量か ら、強固なコンクリートバリアに衝突した場合に換算したものが「バリア換算速度」で ある。交通事故の調査データも「バリア換算速度km/h」で対比した乗員傷害のデータに しておき安全装置の効果などの比較を行っている。エネルギ変換のためのデータは、 各種の自動車を各種の速度で実際にコンクリートバリアに衝突させ、衝突速度、衝突加速度、 変形量等を計測して得ている。

4.2 左前部の破損に対する考察
 左前部の破損は一見大きな破損に見られるが、フェンダーが折れ曲がっている程度 であり加わった力は大きなものではないと考えられる。タイヤは、比較的鋭利なものに衝突してバーストしたものと考えられるので加わった力としては小さいものと考えられる。左側面は擦過痕程度のものであり、この部位も大きな力が加わったとは言い難い。以上のことから、左前部・側部の破損を生じた衝突が乗員に与える影響は小さいものと考えられる。

4.3 フロントガラスの破損に対する考察
(1)
フロントガラスの破損部位の中心部は透明状態が保たれている(図9,図10)。 ガラスに堅いものが衝突割れる場合の破損状況は、衝突部位は砕けて白濁を生じるのが通常である。 図20は、参考文献13のジープJ53のカタログに記載されているフロント合わせガラスの解説である。割れ中心に有るのが白濁部である(写真の光の具合で割れと中心部の白濁が黒く表現されている)。堅い物が衝突すると、衝突部位に集中荷重が作用して割れの中心になる。割れ方としては粉砕的なものになる。小さく粉砕されたガラスそれぞれが反射面を持っているため白濁して見える。本件では白濁は観察されないことからフロントガラスの破損を生じさせた対象は、比較的硬度の低いもので、接触面積の大きなものであることがわかる。すなわち、分散荷重が加わったと考えられる。

(2)
フロントガラスは、合わせ硝子のうち外層ガラスのみが割れている。 ジープのフロントガラスが平面ガラスで窓枠への取り付け方法がゴムマウントによる嵌め込みであることから考えると外層ガラスにのみ割れの生じたメカニズムは以下のとおりであると考えられる(図21)。
    @
    室内側より分散荷重が加わると、ゴムマウントを介し外層ガラスの室外側周辺部に反力 を生じる。
    A
    ガラスは、ミクロ的には室外側に膨らむ。このとき、外層ガラスには主に引っ張り力、 内層ガラスには圧縮力が作用する。
    B
    自動車のフロントガラスに使用される板ガラスの引っ張り強度は350〜850kg/cm2であ り、圧縮強度の6000〜12000 kg/cm2に対し1/20程度の強さしかない。(参考文献9)このため、外層ガラスが先に割れる。
    C
    このことから、ジープのフロントガラスは、室内からの力により破損したものと考えら れる。言い換えれば、車室外からの力では、生じ得ない破損である。
    D
    なお、分散荷重でも荷重が大きくなれば、内層ガラスも変形が大きくなって引っ張り荷 重が加わるため割れを生じる。すなわち両方の面のガラスに割れを生じる。
    E
    また、現在の一般的自動車のフロントガラスは窓枠への取り付けは、接着による方法が とられている。このため図21の(エ)に示したように内側からの分散荷重によっても内層 ガラスから割れる。

図21 フロントガラスの割れのメカニズム
(ア)ジープのフロントガラスは窓枠にゴムマウントで嵌め込まれている。 (イ)室内側より分散荷重が加わると、室外側のガラスに反力が生じる。 (ウ)外層ガラスには主に引っ張り力が働く。ガラスは引っ張りに弱いため外層ガラス側が先に割れる。 (エ)現在の一般的自動車は窓枠にフロントガラスが接着されているため、室内側から分散荷重を加えても先に内層ガラスが割れる。

4.4 運転席乗員の受ける傷害の考察
(1)
図22は、鑑定人がジープの運転席に着座した状況である。鑑定人は久保幹郎とほぼ 同身長である(172cm)。したがって、久保幹郎の運転状況は、図22の状況に近いものと 考えられる。
(2)
4.1章で述べたように、ジープ右前部を衝突するとジープは急激に減速する。運転席 乗員は慣性力により衝撃力の作用する方向と反対の方向、すなわち図23に示すように右 斜め前方に移動する。
(3)
ジープの運転席は、現在の一般的乗用車に比べ狭く、且つ背もたれが垂直に近いため 頭部はフロントガラスに近い位置にある。 また、ジープのフロントガラスの傾斜角は約67度と垂直に近い(一般的には、セダンで30度程度、ワゴンタイプで45度程度である)。このことから、運転者乗員が前方に移動すると、容易に頭部がフロントガラスに衝突する。またフロントガラスの傾斜角が小さいほど、頭部がフロントガラスに衝突するときの力は分散されるので、セダンタイプに比べ傾斜角の大きいジープは頭部に大きな衝撃力を受けやすい(衝撃力が分散しにくい)。
(4)
図24、図25はその状況を再現したものである。頭部とフロントガラスの破損中心位置は一致する。すなわちフロントガラスの破損は、頭部との衝突により生じたものと考 えられる。
(5)
ジープのフェンダー、バンパー、前軸周りは、通常の乗用車に比べると使用されてい る鉄板の厚さは倍以上あり、 悪路を走行するために全体的に剛性の高いもので作られている。 また一般的な乗用車は前部が吸収構造になっているため衝突した場合、自動車にゆっくりと力が加わり、停止までの時間が長い。この結果乗員の前方への移動もゆっくりとしたものになる。 一方ジープのように剛性が高い場合は、車は短い時間で停車し、乗員は、ほとんど減速せずに前方への移動をするためフロントガラス等への衝突速度は自動車の衝突速度に近いものになる。この結果フロントガラス等への衝突により乗員に加わる衝撃力は、同一バリア換算速度でも、一般的乗用車より大きくなると言える。
(6)
頭部衝突は、皮膚等により分散されるので分散荷重としてフロントガラスに加わる。 また、ガラスの破損部は、透明な表面をしており油脂等の付着の跡が見られないことから 帽子などの装着により直接肌などが触れなかったことが考えられる。 このことも衝突力を分散荷重にしている事に寄与している。このことは、4.3章に述べたガラスの割れの考察結果に一致している。
(7)
上述のように、頭部がフロントガラスへ衝突する速度はジープの衝突速度に近いもの であると考えられるので、およそ25−30km/hと考えてよい。頭部はガラスとの衝突によりガラスから反力を受けるが、ガラスの性質として衝突後ガラスが割れてしまうとガラスから頭部への反力は減少する(参考文献6,7,8,14)。しかしながら本件では、室内側ガラスが割れていないため、割れによる裂傷等は受けないが、反力が維持され、衝突全体として比較的大きな力が頭部に加わったものと考えられる。
(8)
文献5,6の事故調査結果において、セダンタイプの車の前席乗員が、バリア換算速 度17km/hでフロントガラス(合わせガラス)に衝突し頭部打撲を受けていると報告して いる。また、傷害のひどさは衝突速度にほぼ直線的に比例すると報告されている。ジープの塀端部等への衝突速度は25−30km/hと考えられるので、上記例よりも厳しい衝突である。この右前部の衝突により久保幹郎はフロントガラスと衝突し、傷害を受けていると考えられる。受ける傷害は、上記(3)(5)(7)の理由により、厳しいものになることが推測される。
(9)
通常、運転者が前方に移動し、フロントガラスに衝突するような状況では、その前に 胸部や大腿部をステアリング等に衝突し痕跡を残すことが多い。乙−A第3号証の写真9,10では、大腿部などにその痕跡が一部見られるが、胸部等にはほとんど見られない。このことは運転者がシートベルトをしていたことによるものと考えられる。セダンタイプの車であると、肩ベルトにより上体の移動が拘束され頭部衝突を起こしにくいが、図22の着座姿勢からわかるように、右斜めからの衝突では肩ベルトから上体が抜けるような動きをし、フロントガラスに衝突したものと考えられる。

図23 衝突により車は停止し運転者は慣性力で右斜め前方に前進する
右斜め前方に衝突 運転者は慣性力で右斜め前方に前進しフロントガラスに頭部を衝突する。

図22 久保幹郎と同身長の鑑定人が運転席に着座した状況 図24 衝突状況の再現
フロントガラスまでの距離が短いため、容易に頭部を衝突する。
図25 衝突状況の再現(頭部の衝突位置)
頭部が前方に移動し、フロントガラスに衝突する位置は、破損部位に一致する。


5.まとめ
 ジープ破損状況の観察の結果、
(1)
ジープの右前部が、平らな面を持った塀端部または柱状のものに、図17・図18に 示す形態で衝突した。
(2)
衝突速度は、およそ25−30km/hである。
(3)
この衝突により運転者は、斜め前方に移動し頭部をフロントガラスに衝突した。
(4)
頭部のフロントガラスへの衝突速度は、およそ25−30km/hである。
(5)
頭部は、帽子などを装着していたことにより衝突の際フロントガラスに直接触れなか った。
(6)
頭部の衝突によりフロントガラスに分散荷重が加わり、合わせガラスを使用したフロ ントガラスの車室外側の外層ガラスのみが割れ、室内側の内層ガラスは割れなかった。 このため頭部の受ける反力は維持された。
(7)
衝突速度、ジープの前部の剛性、運転席における頭部と位置関係、内層ガラスが割れ なかったことによる反力の維持、等により久保幹郎が頭部に受けた衝撃力は大きくそれに よる傷害も大きかったものと考えられる。
以上の過程であったものと考えられる。 前面衝突事故においてフロントガラスは頭部・顔部への最も多い加害部位である(文献8)。 自動車交通事故に関し多少なりとも知識のある者が、本ジープの破損と乗員の状況を見た場合、 事故による何らかの傷害が生じる可能性が有るものと考え行動するのが常識的であることを鑑定人の感想として付記しておく。


6.参考にした裁判資料
(1)2000年7月17日,原告 久保佐紀子他,訴状
(2)平成12年(ワ)第2704号,被告訴訟代理人弁護士 金子 泰輔,答弁書
(3)甲第6号証1997年8月21日,久保佐紀子,写真撮影報告書A
(4)乙−A第3号証1997年7月25日,巡査部長 斎藤 清,写真撮影報告書
(5)乙−A第4号証平成9年7月27日,巡査部長 宮前 勇,実況見分調書
(6)乙−A第5号証平成9年8月9日,巡査部長 宮前 勇,実況見分調書
(7)乙−A第6号証平成9年8月9日,巡査部長 宮前 勇,実況見分調書
(8)乙−A第18号証平成9年7月19日,巡査部長 吉野 史章,写真撮影報告書
(9)乙−A第40号証平成9年8月4日,巡査部長 勝目 博文,実況見分調書
(10)乙−A第41号証平成9年8月3日,警部補 武村 操,資料採取報告書
(11)乙−A第42号証平成9年S月3日,警部補 武村 操,資料採取報告書
(12)自動車検査証,平成8年7月22日,関東運輸局 神奈川陸運支局長
(13)準備書面,2002年4月12日,原告ら訴訟代理人 大野 裕ほか
(14)準備書面,2002年12月13日,原告ら訴訟代理人 大野 裕ほか
(15)準備書面(1),平成14年5月22日,被告ら訴訟代理人 金子 泰輔ほか
(16)準備書面(3),平成15年2月6日,被告ら訴訟代理人 金子 泰輔ほか
(17)第10準備書面,平成17年2月15日,被告 伊藤 順通 代理人 高田賢造ほか
(18)甲第42号証 平成16年9月5日,久保佐紀子,陳述書(1)
(19)甲第47号証 平成16年11月5日,久保佐紀子,陳述書(2)
(20)甲第52号証 平成16年5月15日,黒木 尚長,意見書
(21)乙−A第1号証平成14年7月3日,巡査 青地 隆宏,陳述書
(22)乙−A第2号証平成14年7月3日,巡査部長 村井 学,陳述書


7.参考文献
(1) (2) (省略)
(3)久保田他:前面形状別の車体吸収エネルギ特性,自動車研究Vol.17,No.1
(4)日本自動車研究所研究速報第42号:自動車事故におけるガラスの問題,1976.1
(5)日本自動車研究所研究報告第55号:人体損傷軽減化ウインドシールドの研究,1978.11
(6)鈴木譲二:白橋英憲;長谷川純:風防ガラスの安全性,自動車技術1975.7,Vol.29,No.7
(7)鈴木譲二:田仲啓八郎:風防ガラスの衝撃に対する安全性の研究,自動車技術,1969.4、Vol.23,No.4
(8)湯浅忠繁;鈴木譲二;柳瀬順一郎二遠藤厚:自動車用風防ガラスの安全性について,     自動車技術,1968.8,Vol.22,No.8
(9)狼公平:最近の風防ガラスの研究動向,自動車技術1976.11,Vol.30,No.11
(10)立脇庄一:自動車用ガラスの動向,自動車技術1978.8,Vol.32,No.8
(11)坂部眞:自動車用ガラスの動向,自動車技術1981.3,Vol.35,No.3
(12)白橋英憲;長谷川純:合わせ風防ガラスに発生するキズと強度の関係について,     自動車技術論文集,1978,No.16
(13)三菱ジープJ53カタログ,1989、年版
(14)Leonard M Cook: Correlation between windshield head injuries and laboratory tests: feasibility of relating headform impacts to clinical head injuries, SAE690803,13th STAPP
(15) G.M Mackay: Some Observations on laminated glass windscreens and the injuries they cause in actual road accidents, 1982 IRCOBI
(16) L.M. Patrick; Safety performance of Securities of Securiflex windshield, SAE760807,20th STAPP
(17) Alan L. Browne: Reducing facial lacerations in head-windshield impacts with windshield lubricants 851735 29th STAPP

8.鑑定人経歴(省略)


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